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跳び込んで距離を詰めるのは一種の賭けだ
星乃塚さんと霧山さんが、オレと一緒にボクシング鑑賞をしてくれる――
カツオは嬉しくて胸が躍(おど)った。
はやる気持ちを抑(おさ)えながら、カツオはパソコンのドライブにディスクをセットした。
星乃塚も、霧山も、真剣な面持(おもも)ちで画面を見つめている。
モニターに、あの日のスパーリングが映(うつ)しだされた。
画面のなかで、カツオがさしだした左の拳(こぶし)に、烈がグローブを合わせる。
そのシーンを観(み)た霧山は、驚いた様子で言った。
「しっかりと拳礼(けんれい)に応じてるじゃないか。握手にも応じないほど態度のわるい男だと聞いていたのだが……」
カツオは会話しているあいだに映像が進んでしまわないように一時停止ボタンをクリックし、霧山の言葉に応(こた)えた。
「そうなんです。スパーリングがはじまる前はものすごくけんか腰だったのに、リングの上ではずっとクリーン・ファイトだったんですよね。いま思うと、ちょっと不思議(ふしぎ)な感じがします」
「不思議でもなんでもないさ」
星乃塚は言う。
「スパーがはじまる前の彼の態度は、彼の本心ではなく、もくろみがあってのことだと思うぜ」
「もくろみ、ですか?」
「おそらく、カツオを本気にさせたかったんだろうよ。相手が遠慮してたんじゃ、よそのジムまで出向いていった意味がなくなっちまうからな」
「その気持ちは、なんとなく理解できます」
霧山が星乃塚に応えて言った。
「格闘家は武人(ぶじん)として礼儀正しくあるべきですが、現実の問題として『憎くない相手と殴り合う』という矛盾(むじゅん)をボクシングはかかえています。
その矛盾を超(こ)えて真剣勝負をするには、戦意をあおる何かがないとむずかしい。大賀選手は、自分が無礼者になることでそれをやろうとしたのでしょう」
カツオはふたりの意見に注意ぶかく耳をかたむけ、そして、言った。
「……いま思い返してみると、たしかにその可能性が高いと思います。
だとすると、大賀選手のもくろみは成功したって言えるんでしょうね。ウチのジムは実戦さながらの激しいスパーリングをやることで知られてますけど、でもオレ、あれほど勝ちにこだわったことはありませんから」
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