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カツオは言う。
「オレ、その経験を機に、『模範(もはん)となる映像をくり返し観(み)る』というやり方が上達をはやめてくれることに気づいて、意識的にやるようにしたんです。
たとえば、滝本さんに『ガードを高くあげろ、けっしてさげるな』と言われたときは、アリがアウトボクシングをやるときはガードをさげているので、アリは構え方の模範にふさわしくありませんでした。
なので、ガードの高いアウトボクサーの動画をさがすことにしました。
そして、リカルド・ロペスの構え方がもっともいい模範だと判断し、ロペスの映像を集めて、くり返し観ました。
そうやってオレは、ガードをさげる癖(くせ)を克服したんです」
「なるほど……カツオの上達のはやさには、そんな秘密があったのか」
「秘密って言うほど大げさなもんじゃないですけど――」
カツオは照れくさそうに頭をかいた。
「オレの場合は、このやり方を『体を使わない練習法』とさだめて、ジムワークやロードワークとおなじくらい重視してるんです。
ただ、この方法、ひとつ難点があって……」
「難点?」
「この方法、模範となるイメージがあることが前提になっているので、『自分の模範となる選手』が見つからない場合はお手上げなんです。まさにいまがその状態で……」
「どういうことだ?」
「大賀烈(おおが れつ)選手……オレよりもはるかにパワーのある相手にどうすれば勝てるのか? いま、その模範となる選手や試合をさがしているんですけど、なかなか『これだ!』というのが見つからなくて……
参考になりそうなのはいくつかあるんですけど、『模範』と言えるほど決定的なイメージはまだ見つかっていないんです」
霧山が、星乃塚のほうを見やった。時代劇俳優のような凜々(りり)しい顔に感嘆(かんたん)の表情が浮かんでいる。
星乃塚も、おなじ思いだった。
「カツオ、おまえは大(たい)したやつだぜ。あの敗北から、こんなにもはやく立ち直るんだからな」
カツオは、きまりわるそうに頭をかいた。
「ほんと言うと、ものすごく落ち込んでたんです。それこそ、もうボクシングはつづけられないってくらいに。
……でも、友だちが、親友のふたりが、オレと一緒に落ち込んでくれたんです。それですごく心が救われて、『よし、やるぞ!』って気持ちになれたんです」
星乃塚は霧山のほうを見やり、先(さき)を越されたな、と目で語りかけた。
霧山がここへきた目的は、仲間の存在を自覚させてカツオの心をかるくすることだったのだ。
霧山は、くやしがるようなそぶりなどいっさい見せず、むしろ嬉しそうな笑みを浮かべた。
「カツオは、いい友だちに恵まれたな」
霧山が言うと、カツオは満面の笑顔になり、
「はい!」
と、大きな声で応(こた)えた。
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