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模範となる映像を観る、という練習法
星乃塚と霧山は、カツオに案内され、2階の部屋にはいった。
カツオは、飲み物をとりに1階へおりていった。
星乃塚は、室内を見まわした。
「ここがカツオの部屋か……すごいな、ボクシングや格闘技の資料でいっぱいだぞ」
壁際(かべぎわ)の本棚に、書籍や映像ソフトがぎっしりと詰め込まれている。どれも格闘技に関するものばかりだ。
「星乃塚さん……」
霧山は怪訝(けげん)な顔をしている。
「どうして星乃塚さんまで一緒にきたんですか。カツオは、自分のことを誘ったんですよ」
「まあそう言うなって。ボクシングを観(み)るときは解説があったほうがおもしろいだろ」
「解説するつもりなんですか?」
霧山はあきれている。
しばらくして、カツオがペットボトルのスポーツドリンクをもって部屋にもどってきた。
「星乃塚さんも霧山さんも試合をひかえた選手なのでお茶菓子はもってきませんでした。ここで予定外のものを食べると、体重調整に支障をきたすでしょうから」
カツオはとても嬉しそうな顔をしている。星乃塚たちと一緒にボクシング映像を観られるのが嬉しくてたまらないといった様子だ。
「カツオ――」
霧山が、パソコンのモニターに視線を向けて言った。
「練習を休んでいるあいだ、ボクシングの試合を観てたのか?」
モニターに、モハメド・アリ対ソニー・リストン第2戦の映像が、一時停止の状態で映(うつ)しだされている。
カツオは照れくさそうな笑みを浮かべて、言った。
「1週間、ジムワークやロードワークを休むように言われてるので、体を使った練習はできませんからね。だから、いまできることをやっておこうと思って、体を使わない練習をしてたんです」
「体を使わない練習?」
「これ、オレが勝手につくった練習法なんですけど、『模範(もはん)となるボクサーの映像をくり返し観る』というのを、入門当時からやっているんです」
「興味ぶかいな。詳(くわ)しく話してくれ」
「オレ、ボクシングをはじめる前からモハメド・アリに憧(あこが)れていて、何度も、何度も、くり返しアリの試合映像を観ていたんです。
そして、ジムワークで練習をすると……体が無意識のうちにアリとおなじような動きをするんです。
もちろん、アリとくらべるとぜんぜんレベルの低い動きですけど、でも、フットワークやパンチの打ち方が、自分でもびっくりするくらいアリにそっくりなんです」
「なるほど……見取り稽古(みとり・けいこ)だな」
「見取り稽古?」
「ほかの人の練習や試合をしっかりと見て学びとる――武道の世界では、むかしからある修行法だ」
空手出身の霧山が、そう説明した。
カツオは、「そうなんだぁ、知りませんでした」と目を輝かせて感心している。
霧山は、
「話の腰を折ってしまったな。つづけてくれ」
と、カツオの話をうながした。
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