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よそのジムにスパーリングにおもむくときは、片倉が運転する車で移動した。
あれは、拳豪ジムでスパーリングをやらせてもらった帰りのことだった。
片倉は、運転をしながらぼやくようにしてつぶやいた。
「今日は、内容のあるスパーにならなかったな……」
助手席の烈もそれを感じているらしく、ずっと浮かない顔をしている。
実戦の練習がしたくておもむいたというのに、スパーリングの相手は遠慮した闘い方に終始(しゅうし)した。
そんな相手に烈は本気で攻撃することができず、まるでマスボクシングのようになってしまったのだ。
烈は、しずんだ声で言う。
「……よそのジムからきたってことで、おれのことを客人あつかいしたんだろうか」
「そうだろうな。……まあ、それもわからなくはないけどな。向こうの立場からしたら、よそからきたボクサーを相手にどこまで本気でやっていいのかわからないだろうからな」
片倉のその言葉を聞くと、烈は真剣な面持(おもも)ちになり、何やら考え込みはじめた。
その日は、それ以上会話がないまま烈とわかれた。
後日、スパーリングをやるため、ふたたび拳豪ジムにおもむいた。
前回とおなじ練習生が烈の相手だった。
烈は、その相手をものすごい形相(ぎょうそう)で睨みつけると、いきなり声をすごませて言った。
「またおまえか! おまえごときじゃ相手にならねぇ! 前回、おれが手加減してやったことにも気づかず、おれと同格だと思い込んでるんじゃないだろうな!」
一瞬にして、ジムのなかが険悪な雰囲気(ふんいき)になった。
対戦相手は顔を真っ赤にして憤(いきどお)りを抑えている。
片倉は、あ然となった。
だが、すぐに烈がやろうとしていることを理解した。
烈は、けんか腰な態度をとることで、対戦相手を本気にさせようとしているのだ。
片倉は、
「烈、よさないか」
と、かたちばかりの叱責(しっせき)をした。
内心では、よくやった、と思いながら。
ピリピリした空気のなか、スパーリングがはじまった。
試合さながらの激しい攻防がくりひろげられる。
そして、2ラウンドの中盤、烈は相手をめった打ちにし、テクニカル・ノックアウトのようなかたちでスパーリングが終了した。
この日は、内容の濃いスパーリングができた。
それ以後、よそのジムにおもむくたびに、烈は対戦相手を挑発するようになった。
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