2018年12月31日月曜日

マスボクシング、スパーリング(2)

**********

 よそのジムにスパーリングにおもむくときは、片倉が運転する車で移動した。

 あれは、拳豪ジムでスパーリングをやらせてもらった帰りのことだった。

 片倉は、運転をしながらぼやくようにしてつぶやいた。
「今日は、内容のあるスパーにならなかったな……」

 助手席の烈もそれを感じているらしく、ずっと浮かない顔をしている。
 実戦の練習がしたくておもむいたというのに、スパーリングの相手は遠慮した闘い方に終始(しゅうし)した。
 そんな相手に烈は本気で攻撃することができず、まるでマスボクシングのようになってしまったのだ。

 烈は、しずんだ声で言う。
「……よそのジムからきたってことで、おれのことを客人あつかいしたんだろうか」

「そうだろうな。……まあ、それもわからなくはないけどな。向こうの立場からしたら、よそからきたボクサーを相手にどこまで本気でやっていいのかわからないだろうからな」

 片倉のその言葉を聞くと、烈は真剣な面持(おもも)ちになり、何やら考え込みはじめた。

 その日は、それ以上会話がないまま烈とわかれた。


 後日、スパーリングをやるため、ふたたび拳豪ジムにおもむいた。
 前回とおなじ練習生が烈の相手だった。

 烈は、その相手をものすごい形相(ぎょうそう)で睨みつけると、いきなり声をすごませて言った。
「またおまえか! おまえごときじゃ相手にならねぇ! 前回、おれが手加減してやったことにも気づかず、おれと同格だと思い込んでるんじゃないだろうな!」

 一瞬にして、ジムのなかが険悪な雰囲気(ふんいき)になった。
 対戦相手は顔を真っ赤にして憤(いきどお)りを抑えている。

 片倉は、あ然となった。
 だが、すぐに烈がやろうとしていることを理解した。
 烈は、けんか腰な態度をとることで、対戦相手を本気にさせようとしているのだ。

 片倉は、
「烈、よさないか」
 と、かたちばかりの叱責(しっせき)をした。
 内心では、よくやった、と思いながら。

 ピリピリした空気のなか、スパーリングがはじまった。
 試合さながらの激しい攻防がくりひろげられる。

 そして、2ラウンドの中盤、烈は相手をめった打ちにし、テクニカル・ノックアウトのようなかたちでスパーリングが終了した。

 この日は、内容の濃いスパーリングができた。


 それ以後、よそのジムにおもむくたびに、烈は対戦相手を挑発するようになった。

 続きを読む