2018年12月27日木曜日

体が小さいからこそ、世界一も夢じゃない(2)

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 烈は、くやしくて、はらわたが煮えくり返るような思いだった。
 体が小さい――その一点で夢を打ちくだかれた。
 考えただけで身震いするほどの怒りが込みあげてくる。
 だが、怒りをぶつける場所などない。
 烈は苦悩の日々をすごした。


 ある日、なにげなく地元の町を歩いていたときのことだった。
 烈は、エムビーフィットネスクラブの建物の前で足をとめた。
 三階建てのトレーニング施設で、地下1階はプールになっている。

 烈が足をとめたのは、入口のところに貼られている1枚のポスターが目にはいったからだ。


エムビーボクシングジム
練習生、ボクササイズ会員募集
場所 エムビーフィットネスクラブ3階


「フィットネスクラブの建物のなかに、ボクシングジムがあるのか……」
 なぜだか妙(みょう)に気になった。
 そして、そのポスターを隅々(すみずみ)まで見た。

 最後のほうに、「プロ志望者歓迎」という言葉が書かれていた。

「そうか……ボクシングでも、プロスポーツ選手になれるんだよな」

 プロ野球選手になる夢は潰(つい)えたが、野球だけがスポーツじゃない。ほかの競技で成功するという可能性だってあるじゃないか――

 この瞬間、烈のなかで何かが起こった。
 内側からわきあがってくる強い衝動を抑(おさ)えきれず、烈は建物にはいった。

 3階にあるボクシングジム――
 顔も体もごつい中年男性が、烈を出迎えた。
 この人が会長らしい。

「あの、プロ志望でやることについて、ちょっとお訊(き)きしたいのですが……」

 烈がおそるおそる言うと、会長は驚いた顔をした。
 そしてすぐに、ぱっと明るい顔になった。

「そうか、きみはプロになりたいのか! これまでに何かスポーツはやっていたのかい?
 ……何、ずっと野球を!? それじゃ基礎体力は充分だな。
 年齢(とし)はいくつだ?
 ……16か。うん、ちょうどいいな。日本ではプロになれるのは17歳からなんだ。まだ1年の猶予があるから、そのあいだにみっちり鍛えておこう」

 会長は、烈がもうプロ志望で入門することを前提に話を進めている。
 そこまで期待をかけてくれると嬉しくなるが、烈はひとつ、どうしても気になることがあった。

「あの、おれ、身長が156センチしかなくて……それでも、プロとしてやっていけますか?」

「もちろんだ!」
 会長は笑顔で即答(そくとう)した。
 もとはごつい顔だちなのに笑うと人懐(ひとなつ)っこい顔になる人だった。
「ボクシングはね、体重別の競技なんだよ。体の大きさに関係なく、すべての人にチャンスが与えられているんだ」

 烈は、わきあがる希望に胸が躍(おど)った。

 会長は、つづけて言う。
「きみの身長だとミニマムでできそうだな。ボクシングにはレベルの低い階級なんてないが、世界的に見たら最軽量級のミニマムは人数が少ない。競技者が少ないぶん、世界を獲(と)るチャンスは多いと言える。
 きみの体格なら、努力しだいで世界チャンピオンもけっして夢じゃない」

 その言葉に、烈は衝撃を受けた。

「体が小さいのに……いや、体が小さいからこそ、世界一も夢じゃないと言うのですか!?」

 会長は、笑みをたたえて答える。
「そうだとも。それが、ボクシングという競技だ」

 烈は心が震(ふる)えた。
 やり場のない怒りで曇(くも)りきっていた心に光がさした。

 烈は、その場で入門を決めた。



 それからおよそ1年2ヶ月のあいだ、片倉(かたくら)会長の指導を受け、烈はファイターとしてのテクニックと理念をみっちり叩き込まれた。

 今年の1月、プロテストを受け合格。
 C級ライセンスを獲得。

 4月と7月には試合をやった。
 そして、2戦とも、1ラウンドでノックアウト勝ちをおさめた。

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