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烈は、くやしくて、はらわたが煮えくり返るような思いだった。
体が小さい――その一点で夢を打ちくだかれた。
考えただけで身震いするほどの怒りが込みあげてくる。
だが、怒りをぶつける場所などない。
烈は苦悩の日々をすごした。
ある日、なにげなく地元の町を歩いていたときのことだった。
烈は、エムビーフィットネスクラブの建物の前で足をとめた。
三階建てのトレーニング施設で、地下1階はプールになっている。
烈が足をとめたのは、入口のところに貼られている1枚のポスターが目にはいったからだ。
エムビーボクシングジム
練習生、ボクササイズ会員募集
場所 エムビーフィットネスクラブ3階
練習生、ボクササイズ会員募集
場所 エムビーフィットネスクラブ3階
「フィットネスクラブの建物のなかに、ボクシングジムがあるのか……」
なぜだか妙(みょう)に気になった。
そして、そのポスターを隅々(すみずみ)まで見た。
最後のほうに、「プロ志望者歓迎」という言葉が書かれていた。
「そうか……ボクシングでも、プロスポーツ選手になれるんだよな」
プロ野球選手になる夢は潰(つい)えたが、野球だけがスポーツじゃない。ほかの競技で成功するという可能性だってあるじゃないか――
この瞬間、烈のなかで何かが起こった。
内側からわきあがってくる強い衝動を抑(おさ)えきれず、烈は建物にはいった。
3階にあるボクシングジム――
顔も体もごつい中年男性が、烈を出迎えた。
この人が会長らしい。
「あの、プロ志望でやることについて、ちょっとお訊(き)きしたいのですが……」
烈がおそるおそる言うと、会長は驚いた顔をした。
そしてすぐに、ぱっと明るい顔になった。
「そうか、きみはプロになりたいのか! これまでに何かスポーツはやっていたのかい?
……何、ずっと野球を!? それじゃ基礎体力は充分だな。
年齢(とし)はいくつだ?
……16か。うん、ちょうどいいな。日本ではプロになれるのは17歳からなんだ。まだ1年の猶予があるから、そのあいだにみっちり鍛えておこう」
会長は、烈がもうプロ志望で入門することを前提に話を進めている。
そこまで期待をかけてくれると嬉しくなるが、烈はひとつ、どうしても気になることがあった。
「あの、おれ、身長が156センチしかなくて……それでも、プロとしてやっていけますか?」
「もちろんだ!」
会長は笑顔で即答(そくとう)した。
もとはごつい顔だちなのに笑うと人懐(ひとなつ)っこい顔になる人だった。
「ボクシングはね、体重別の競技なんだよ。体の大きさに関係なく、すべての人にチャンスが与えられているんだ」
烈は、わきあがる希望に胸が躍(おど)った。
会長は、つづけて言う。
「きみの身長だとミニマムでできそうだな。ボクシングにはレベルの低い階級なんてないが、世界的に見たら最軽量級のミニマムは人数が少ない。競技者が少ないぶん、世界を獲(と)るチャンスは多いと言える。
きみの体格なら、努力しだいで世界チャンピオンもけっして夢じゃない」
その言葉に、烈は衝撃を受けた。
「体が小さいのに……いや、体が小さいからこそ、世界一も夢じゃないと言うのですか!?」
会長は、笑みをたたえて答える。
「そうだとも。それが、ボクシングという競技だ」
烈は心が震(ふる)えた。
やり場のない怒りで曇(くも)りきっていた心に光がさした。
烈は、その場で入門を決めた。
それからおよそ1年2ヶ月のあいだ、片倉(かたくら)会長の指導を受け、烈はファイターとしてのテクニックと理念をみっちり叩き込まれた。
今年の1月、プロテストを受け合格。
C級ライセンスを獲得。
4月と7月には試合をやった。
そして、2戦とも、1ラウンドでノックアウト勝ちをおさめた。
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