2018年12月24日月曜日

オレの『いま幸せ』(2)

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 カツオは、ふたりの期待に応(こた)えて説明する。

「シュガーという言葉が『華麗なボクサー』という意味になったのは、シュガー・レイ・ロビンソンのエピソードからきてるんだ。

 当時、15歳だったウォーカー・スミス・ジュニア少年は、アマチュア・ボクシングの試合に出場しようとしたんだけど、出場資格に年齢制限があって、スミス少年は出場できなかったんだ。

 そこで、スミス少年のトレーナーをやっていたジョージ・ゲインフォードという人物が、健康診断にひっかかって出場できなくなったレイ・ロビンソンという若者の出場資格を使って、スミス少年が試合にでられるようにした。
 いわゆる『成り代わり』の不正なんだけど、スミス少年はその後も『レイ・ロビンソン』を名乗って試合に出場しつづけ、80戦以上のアマチュアの試合をすべて勝利したんだ。

 あるとき、スミス少年の試合を観た記者のひとりが、そのボクシング・スタイルの美しさに驚いて『スウィートな選手だ』って評(ひょう)したんだ。
 スウィートというのは『あまい』って意味の言葉なんだけど、『甘美(かんび)な』とか『うっとりするような』っていう意味もあるんだ。

 スウィート!
『美しい』を意味する英語はほかにもいろいろあるのに、その記者はスミス少年のボクシングを言いあらわすのに『スウィート』という単語を使ったんだ!

 その感性を受けて、トレーナーのゲインフォードは記者にこう応えたんだ、
『砂糖――シュガーのようにスウィートさ』
 ってね。

 こうしてスミス少年は『シュガー・レイ・ロビンソン』となり、そしてそれ以降、シュガーという単語は『華麗なボクサー』を意味する言葉になったんだ」

 カツオは夢中になって話していた。
 話し終えたとき、誠一と賢策の顔には笑みがこぼれていた。
 そして、ふたりが微笑んでいるのは、シュガー・レイ・ロビンソンの逸話(いつわ)を話しているときのカツオの姿が活き活きとして微笑ましいものだったからだということに、カツオは気づいた。

 ボクシングの話をするのは楽しい。
 やっぱりオレは、ボクシングが好きなんだ――

 カツオは自分の本当の想いに気づき、まよいが吹っ切れたような、すがすがしい気持ちになった。

 カツオは、誠一と賢策に笑顔を返した。

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更新
2019年4月11日 文章表現を一部改訂。