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オレのほうが速く移動しているはずなのに……
「いいぞ、烈。その調子だ」
片倉会長は、赤コーナーにもどってきた烈に声をかけた。
試合であれば、インターバルのあいだ選手はセコンドが用意した椅子(いす)に腰をおろすのだが、烈はコーナーの前で立っている。
試合形式とはいえ、これはスパーリングだ。スパーリングは練習であり、インターバルの時間はずっと立っているのが通常のことなのだ。
烈は、片倉会長に向かって言った。
「速い……速いぜ、あいつ! 練習生であんな速いやつがいるなんて、正直、面食らったぜ」
ボクサーは、セコンドの前では本音(ほんね)がもれるものだ。
烈はいま、相手に対する率直な驚きを吐露(とろ)している。
片倉会長も、烈とおなじ思いだった。
「ああ、たしかに速いな。いますぐA級で通用するスピードだ。まさかガード3や、ステップ7まで使うことになるとはな」
もっともそれは、片倉会長にしてみれば嬉しい誤算というやつだった。
そう、片倉会長は、まさにこういう相手をさがしていたのだ。
「やつは速い。だが――」
烈は強気な口調で言う。
「おれには通用しない! すでに攻略した!」
「そう、そのとおりだ。
烈、次のラウンドもおなじ戦術でいけ。
ガード3で徹底的に顎(あご)を守れ。そしてステップ7を使ってロープやコーナーに追いつめろ。
けっして攻め急ぐなよ。攻撃するのは距離が詰まってから――おまえの得意な接近戦になってからだ」
「ああ、わかってるさ」
そう答えた烈に気負(きお)いは感じられない。冷静に状況を判断できている。
勝った!
片倉会長は確信した。
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