2018年11月13日火曜日

オレのほうが速く移動しているはずなのに……(2)

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「だいじょうぶか、カツオ」
 滝本トレーナーは、カツオに声をかけた。

 カツオは、青コーナーの前で呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしている。

「どうしてだ……オレのフットワークでまわり込めない。オレのほうが速く移動しているはずなのに……」

 カツオはつぶやきをもらした。
 絶対的な自信をもっていたフットワークが通用せず、ショックを受けているようだ。

 やはり、相手のステップワークの秘密に気づいていないようだな……。
 滝本トレーナーは思った。
 だが、それを教えてやるわけにはいかねぇ……それは、できねぇんだ!

 滝本トレーナーは唇を強くかみしめ、黙(もく)して語らずの意志をかためた。
 次のラウンドが、カツオにとって苦しいものになると知りながら……。


 俊矢はビデオの録画を一時停止にし、呆然となっている。
 そのとなりで、星乃塚はカツオのいる青コーナーを見つめていた。

 おそらくカツオは、大賀烈のステップの秘密に気づいていない。
 なぜゆっくり歩くようなステップの相手につかまってしまうのか――
 そのことは、セコンドについている滝本トレーナーが教えてやるべきなのだが……

 滝本トレーナーが、カツオにアドバイスしている様子はない。

 今回のスパーはやっぱりアレだったか……
 しかし、このままじゃ次のラウンドはやばいぜ。さすがに黙って見てるなんてできねぇよな――

 星乃塚は、カツオのいる青コーナーに向かって歩(ほ)を進めようとした。
 そのとき、背後からぽんと肩をつかまれた。

「星乃塚くん、何をしようとしてるんですか?」

 びくぅ――
 星乃塚がおそるおそる後ろを振り返ると、神保マネージャーが微笑をたたえていた。
 マネージャーがこういう笑い方をしているときはおそろしいということを、星乃塚は経験で知っている。

「いや、だってよ……カツオがピンチなのに、じっとしてなんていられねぇよ」

「ダメですよ、よけいなことを言っては。滝本トレーナーが黙っているのは、ちゃんと意図があってのことなんですからね。その意図を星乃塚くんが台無しにしてどうするんですか」

「そうは言っても、このままじゃカツオが……」

「星乃塚くんも気づいているのでしょう? このスパーリングがアレだということに」

「…………」

「だったら、わかってますよね、星乃塚くん?」

 おだやかな口調ではあったが、眼鏡の奥でひかる瞳には有無(うむ)を言わさぬ厳格さがあった。

 神保マネージャーは、右手の中指を立てて眼鏡のずれを直し、視線を俊矢にうつした。
「俊矢くん、もうすぐインターバルが終わりますよ。しっかりと自分の役目をはたしてくださいね」
 またしても、おだやかでありながら有無を言わさぬ口調。

「あ……はい!」
 俊矢は思いだしたかのようにビデオカメラを構え、録画の準備を整えた。

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