2018年11月7日水曜日

サークリングが通用しない(2)

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 烈が前進して、間合いを詰めた。
 クロス・アームブロックの構えを解き、攻撃に転じる。

 烈が、左のショートフックを放った。

 カツオはガードをあげた。
 ドスッと重々しい音――ブロックしたにもかかわらず、カツオはふっとばされるようにしてバランスをくずした。

 練習生たちが驚愕(きょうがく)の声をあげ、ジムがどよめく。

「な、なんて重いパンチだ!」
「本当にミニマム級なのか!?」

 烈は、カツオをコーナーに追い詰め、左右のショートフックを放っていく。
 カツオはガードを固め、直撃をなんとか防いでいるものの、パンチをブロックするたびに打撃の勢いに押されるようにして体がよろめいている。
 キレはさほどではないが力強いパンチだった。ドスッ、ドスッ、という重々しい音がリングの外まで響き渡っている。

 このままではガードの上からでも効かされてしまう。

「カツオさん、まわり込んで!」

「いや、ダメだ……あそこからじゃまわり込めない」
 星乃塚は歯がゆい思いをかみしめながら言った。

「……どういうことですか?」

「コーナーは、リングの死地だからだ。
 ロープ際(ぎわ)に追い込まれた場合は、後退はできないが隙(すき)を見てまわり込むことはできる。左右に空間があるからな。
 だがコーナーの場合は、後ろにはコーナーポストがあり、左右はロープでふさがれている。移動できる空間は、どこにもない」

「それじゃ……」

「カツオのフットワークは、完全にとめられた」

 リングは四角い。
 ゆえに角(かど)がある。
 そのシンプルな構造によって生みだされる死地――それが、コーナーなのだ。


 烈は、ショートフックの連打をカツオに浴びせかけていく。
 カツオはガードを固め、懸命に耐えている。

 防戦一方のカツオ――

 そのとき、ラウンド終了のブザーが鳴った。

「ストップ!」
 レフェリー役の月尾会長が、両者のあいだに割ってはいった。

「た、助かった!」
 俊矢が安堵(あんど)の声をあげた。

 星乃塚の口からも、ため息がもれる。
「あぶなかったぜ……ゴングに救われたな」

 烈はカツオに背を向け、悠々(ゆうゆう)とした足取りで赤コーナーへもどっていった。

 少しおくれて、カツオも青コーナーへと引きあげていく。
 その顔は、驚愕と畏怖(いふ)によって凍りついていた。

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