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サークリングが通用しない
「向こうのセコンドから、また指示がでましたよ」
俊矢が戦々恐々(せんせん・きょうきょう)とした声で言った。
「ああ……何か仕掛けてくる気だ」
星乃塚は応えた。
しかし、見たところ何も変化は見られない。
カツオが速いフットワークを駆使しながら、ジャブ、ワンツーをくりだす。
烈はクロス・アームブロックでパンチを受けとめながら、じわりじわり前進する――
いままでとまったくおなじ展開だ。
「何も変わっていませんね」
「……いや、ちがう!」
カツオが追い込まれはじめていた。
速いフットワークを駆使しているにもかかわらず、距離を詰められそうになっている。
左まわりをしようとしては追いつかれ、右へ方向転換しても、やはり追いつかれてしまう。
「まわり込めない! どういうことだ!?」
俊矢をはじめ、練習生たちがみな目をみはっていた。
ジムがざわめいている。まるで『走って逃げているにもかかわらず、歩いている相手に追いつかれてしまう』――そんな感じだった。
「やはり、あのテクニックか!」
驚きが言葉となって星乃塚の口からもれた。
「まさか四回戦の選手が使ってくるとは……」
「あのテクニック!?」
カツオはまわり込むことができなくなり、まっすぐ後ろにさがっていく。
さがりながら、ジャブを放った。しかし接近されるのをこわがっているかのような腰の引けたパンチになっていた。
サークリングが通用しなくなったことでカツオに動揺があらわれていた。
「カツオさん!」
俊矢が悲鳴のような声をあげた。
「そのままさがってはダメです! その後ろは!」
カツオは後退をつづけた。
そして、背中がコーナーポストに当たった。
「まずい、カツオさんがコーナーに追い詰められた!」
俊矢は動揺し、あやうくビデオカメラを落としそうになった。
カツオはこれ以上、後退できない。
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