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烈はクロス・アームブロックの構えのまま、じわりじわり前進する。
カツオは迎え撃つようにして、烈のボディに左右の連打を浴びせた。
烈がクロス・アームブロックの構えを解(と)き、パンチを打つ態勢にはいる。
「あぶない、くる!」
星乃塚の叫びと同時に、カツオは危険を察知して、バックステップで距離をとり直した。
間合いをはずされた烈は、攻撃をあきらめ、ふたたび腕をX字型に構え直す。
「カツオ、ボディ狙いは危険だ! 接近されるぞ!」
星乃塚は、リングの外からカツオに忠告を与えた。
となりでビデオ係をやっている俊矢が、驚いて星乃塚を見る。
「どういうことですか!? どうしてボディ狙いが危険なんですか!?」
星乃塚は答えて言う。
「リーチが活(い)かせないからだ。
人間の腕というのは肩についている。つまり、正面にいる相手に向かって拳(こぶし)を伸ばした場合、肩の高さがもっとも遠くまで拳がとどくということだ。
しかしボディブローは相手の腹を打つパンチだ。腹は、肩よりも低い。そのためボディブローはどうしても射程がみじかくなってしまう」
「じゃあ、カツオさんがボディを打ちにいくと……」
「自分から距離をちぢめて接近しにいくことになる」
その言葉を聞いて、俊矢の表情は険しくなった。相手がボディをがら空きにしているのは、接近戦にひきずり込むために誘いをかけている可能性さえあるのだ。
そのことを知った俊矢は、この闘いに暗雲を予感したようだ。
相手のパンチはまだ、1発もヒットしていないにもかかわらず……。
星乃塚さんの言うとおりだ――
カツオは思った。
ボディを打たれてもひるまずに前進してくる相手に、ボディ狙いはまずい。オレにとって有利な間合いをキープするには、顔面にパンチを打つしかない――
カツオは烈の顔面を狙い、左ジャブ、右ストレートを放っていく。
直線系のパンチはリーチ(腕の長さ)を活かせるため、遠い間合いをキープしやすい。
しかしカツオのジャブやストレートは、烈の固いクロス・アームブロックに受けとめられ、いずれもヒットしなかった。
烈は、カツオのパンチをブロックしながら、じわりじわり前進する。
カツオはサークリング・テクニックを駆使して、烈の前進をかわした。
そして、まわり込みながら左ジャブを2発、3発と重ねていく。
いずれも烈のX字型のブロックにはじき返されたが、いまはこれでいい、とカツオは思った。
この闘い方をつづけていれば、オレの得意な間合いをキープできる。相手はパンチを打つタイミングさえつかめない。
お互いに有効打がない状態だけど、これをつづけていればけっしてまけることはない。
もっとも――
カツオは思う。
向こうにはプロとしての意地がある。この展開が長くつづけば、あせって強引(ごういん)な攻め方をしてくるだろう。
そのときは、あの固いガードの構えもくずれる。そこにノックアウトをするチャンスがあるはずだ。
カツオは完全勝利――ノックアウトによる勝利だけを考えていた。
このままでは埒(らち)があかんな――
と、片倉会長は思った。
構えをクロス・アームブロックに変えたことによって、烈はパンチをもらわなくなった。だが、あの速いフットワークをなんとかしないかぎり、烈はパンチを打つことさえできない……。
片倉会長の顔に笑みがこぼれた。
ついに、あのテクニックを使うときがきた!
片倉会長は、リングに向かって声をはりあげる。
「烈! ステップ7だ!」
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