2018年10月31日水曜日

ボディブローはリーチが活かせない(1)

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ボディブローはリーチが活かせない



 大賀烈の構え方が変化した。
 右の拳(こぶし)を顔の左側に、左の拳を顔の右側にもってくるようにして構えている。
 両腕が顎(あご)の前でXのかたちに交差する格好だ。


 あのガードは……クロス・アームブロック!?
 カツオは烈の構えの変化にとまどい、目をみはった。
 だがそれも束の間(つかのま)のことで、すぐに気を取り直し、自分のやるべきことに集中する。
 構え方が変わろうと、おなじことだ! オレは、オレのボクシングをやる――それだけだ!


 カツオは高速フットワークでサークリングをしながら、左ジャブを放っていく。
 2発、3発――いずれも烈のX字型のガードにはばまれ、ヒットしなかった。

「カツオさんのパンチが当たらなくなった!?」
 俊矢が動揺した声をあげた。

 星乃塚は説明する。
「相手の構えがクロス・アームブロックになったためだ」

「クロス・アームブロック?」

「拳を体の反対側にもっていくガードのしかただ。右拳を体の左側に、左拳を体の右側にもっていく。
 あんなふうにX字型に腕を組むのは特殊だが、クロス・アームブロックで顔をおおうと、顎の正面、左右、下、そのすべてをガードするかたちになる」

「それって、ジャブ、ストレート、フック、アッパー、すべてのパンチを防げるってことじゃないですか」

「そうだ。相手陣営は、カツオのパンチは速すぎて反応できないと判断した。だから、構えの状態から顎を徹底的にカバーすることで、カツオのパンチを防ぐ戦法に切り替えたんだ」

 X字型の構えで前進してくる烈。

 カツオが、すばやいワンツーから左フックを返した。
 さっきはクリーンヒットしたコンビネーションだが、今度は3発とも烈のX字型のガードにはばまれてしまった。

「カツオさんのパンチがまたブロックされた! まさか、こんな防御のしかたがあるなんて……」

「向こうのセコンドは片倉さんだ。これぐらいのことはやってくるさ」

 カツオは攻撃の手をとめ、フットワークを使って烈の周囲を旋回する。
 いまの状況を整理して、分析をしているようだ。

 カツオのなかで次の戦術がかたまった。
 パンチを打つそぶりのフェイントをしながら、次の攻撃のタイミングをはかる。

 そして、踏み込んだ。
 ジャブで顔面を軽く牽制(けんせい)し、ボディに右ストレート、体のひねりもどしを使った左フックをボディに叩き込んでいく。
 ボディブローのコンビネーションが2発ともクリーンヒットした。バシッ、バシッというするどい音が響き渡る。

「カツオさん、ナイスボディ!」
 俊矢が歓喜の声をあげた。
「がら空きのボディを狙い撃ちですよ! さすがカツオさんです!」

 クロス・アームブロックは顎を完璧にカバーするが、その代わりにボディが無防備になる。その欠点をカツオはついたのだ。

 だが――

「いや、ダメだ……まずいぜ」

 星乃塚は、カツオの戦法に危険を感じていた。
 烈は、カツオのボディブローを動じることなく受けとめている。効いている様子はない。むしろ余裕をもって打たせている感じだ。ボディの打たれ強さに絶対的な自信をもっているのが見てとれる。

 きれいに当ててはいても、ダメージを与えられていないのなら、ボディ狙いはまずい。
 ボディを打つことはアウトボクサーにとってリスクがあるからだ。

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