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リングでは、カツオが速いフットワークでサークリングし、烈が頭をふりながら前進して追いかける、という展開がつづいている。
カツオがジャブを放った。
パーン、という高い音をたてて、烈の顔面をきれいにとらえた。
「ナイスジャブ!」
俊矢が声をあげる。
「カツオさん、絶好調ですよ! ウィービングを使ったところで、今日のカツオさんには通用しませんよ」
「そうだな。動く的(まと)にまどわされることなく、しっかりと相手を見て正確にとらえている。カツオのやつ、いい目をしてるぜ」
カツオは軽快なフットワークで移動しながら、正確なジャブを烈の顔面に叩き込んでいく。
そのたびに俊矢が「よし」、「ナイスジャブ」と大きな声をあげる。
「今日のカツオさん、ジャブもすばらしいけど、やっぱりフットワークがすごいです! 開始から一度もとまることなく、ずっと移動しつづけてますよ!」
「そう、それがサークリングのもうひとつの利点だ」
星乃塚は説明する。
「相手を中心にして円を描くように移動する――それをつづけているかぎり、とまることなく移動しつづけることができるんだ。円には行きどまりなんてないからな」
「なるほど……つまり、カツオさんの速くて巧みなフットワークがあれば、大賀選手に接近される心配はないということですね?」
俊矢のその問いに、星乃塚は答えなかった。
このまま順調に終わるとは思えなかったのだ。
向こうのセコンドはあの片倉衛二さんだ。このまま勝たせてくれるとは思えねぇ。
かならず何か仕掛けてくる……。
それに、もうひとつ気になっていることがあった。
カツオのセコンドだ。
いつもは怒声をはりあげるようにして指示をだす滝本トレーナーが、さっきからひと言も発していないのだ。
「このスパー、やっぱりアレだな……」
星乃塚は確信した。そしてこのスパーリングがアレである以上、かならず何かが起こる。
カツオにとってきびしい何かが……。
カツオが、踏み込んでワンツーを放った。
パパーン、と高い音をたてて、烈の顔面にクリーンヒット。
「よっしゃあ、ナイスパンチ!」
俊矢がひときわ大きな声をあげた。
俊矢だけでなくジムの方々(ほうぼう)からも、
「よし!」
「ナイス!」
という声があがった。
練習生たちの多くが、練習を中断してこのスパーリングに見入(みい)っている。
烈が、反撃の右フックを放った。
振りが大きい。
カツオはバックステップで間合いをはずし、余裕をもって空振りさせた。
「烈、大振りするな!」
赤コーナー側から声があがった。
「まだ距離が遠い! まずは間合いを詰めろ!」
烈は、じりじりとカツオに向かって前進する。
しかし、カツオのフットワークは速い。リングに円を描くようにして高速移動し、ロング・レンジ(遠い間合い)をキープしている。
カツオが、ワンツーを放った。
パパン、と顔面にクリーンヒット。
さらに体をひねりもどす力を利用して、左フックを放つ。
パチーン!
返しの左フックも、烈の顔面をきれいにとらえた。
「当たった! いずれもクリーンヒットですよ!」
俊矢が興奮して言う。
「向こうはカツオさんのスピードについてこられません! 闘いの主導権は、すでにカツオさんのものですよ!」
「だといいが……」
星乃塚は、まだ楽観はできないと見ていた。
カツオのパンチがクリーンヒットしたにもかかわらず、烈にはまったく効いている様子がないのだ。
そのタフネスからフィジカルの強靱(きょうじん)さが見てとれる。
不気味(ぶきみ)な相手だった。そして、パンチが当たってもダメージにつながっていないうちは、カツオのペースだとは言い切れないのだ。
そのとき、
「烈、作戦変更だ!」
片倉会長が、声をはりあげた。
「ガード3だ!」
その指示が発せられた直後、烈の構えが変わった。
練習生たちが、どよめきの声をあげる。
「な、なんだ、あの構えは!?」
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