**********
カツオが速いフットワークで移動しながら、左ジャブを放つ。
烈のガードの隙間(すきま)を針の穴に糸をとおすかのような正確さで拳が通過し、顔面にヒットした。
「ナイスジャブ!」
俊矢が声をあげた。
俊矢が声をあげた。
カツオが、サークリングをしながら2発、3発とジャブを重ねていく。
パン、パン、と小気味(こきみ)よい音をたてて、つづけざまにヒットした。
「よっしゃあ、ナイスジャブ!」
俊矢がまた声をあげる。
「今日のカツオさん、脚(あし)だけじゃなくパンチも速いですよ!」
「そうだな。脚のリズムのよさがパンチに活(い)きてる。いいジャブだ」
カツオは、左まわりのステップを踏みながらジャブを重ねていく。
パン、パン、パン――
またしても連続してヒットした。
「カツオさん、ときどき右まわりのフットワークを使うことで変化をつけてますね。そしてまた左まわりにもどったときにキレのいいジャブを放ってます」
「サークリングをしている場合、攻撃は左まわりのときにおこなうのが基本だ。
左側に移動するときは、後ろの足――右足で床(ゆか)を蹴って移動する。後ろ足で床を蹴る移動のしかたは、前進するときとおなじ力の使い方だ。
だから、左まわりをしながらパンチを放つと、踏み込んで打つのとおなじ効果がでて、拳(こぶし)に勢いが増すのさ」
「なるほど、それで左まわりのときにジャブがでるんですね」
パン、パン――
カツオのジャブが、また小気味のいい音をたててヒットした。
赤コーナー側から、片倉会長のあわてた声がとぶ。
「烈、頭をふれ! ウィービングしながら前へでろ!」
ウィービングは、頭を小さく左右にふる防御法だ。
本来は相手のパンチがきたときにおこない、相手の攻撃を空振りさせるために使う。
ジャブやストレートなどの直線系の攻撃をよけるのに効果的なテクニックだ。
そして、相手がパンチを打っていないとき――構えているときにウィービングをおこなうこともまた、防御力を高める効果がある。
的(まと)である頭部を動かすことによって、相手の攻撃の的中率をさげることができるのだ。
セコンドの指示にしたがい、烈は前進しながら頭を小刻(こきざ)みにふりはじめた。
「大賀選手、ウィービングを使いはじめましたよ。やはり、ファイター・タイプのようですね」
ウィービングをしながら前進する、というのは、ファイター・タイプの選手がよく使うテクニックなのだ。
「そうだな、ファイターとみてまちがいないだろう。なにせ片倉衛二(かたくら えいじ)さんの教え子なんだからな」
「……向こうの会長のこと、知ってるんですか?」
「ファイター・タイプの選手を育てたら、日本でトップレベルの指導者さ。エムビージムの会長になる前は拳豪(けんごう)ジムでトレーナーをやっていて、日本や東洋太平洋でランキング入りする選手を数多く育てている。
いずれも接近戦で強さを発揮するファイター・タイプの選手だった」
「それじゃ、大賀選手も接近戦が得意なのかもしれませんね」
「おそらくな」
続きを読む