2018年10月23日火曜日

サークリング・テクニックの利点(1)

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サークリング・テクニックの利点



 スパーリングがはじまった。
 両者がリングの中央に進みでる。

 進みでながら、カツオが左の拳(こぶし)を前にだした。
 ボクシングでは『正々堂々と闘おう』という意思表示として、相手とグローブを合わせる慣習がある。

 烈は、カツオの呼びかけに応じた。
 左腕を前にのばし、拳と拳をふれ合わせる。

 両者が左腕をひきもどして構えをとり、闘いがスタートした。
 両者ともに左足を前にして構えるオーソドックス・スタイル(右利きの構え)だ。

 カツオは両腕のガードを高くあげて構え、左まわり(自分の左側に移動)のステップを踏む。
 フットワークを駆使してのアウトボクシング――カツオがもっとも得意とする闘い方だ。

「速い! 今日のカツオさん、脚(あし)にリズムとスピードがありますよ!」
 俊矢が、撮影をしながら興奮した声をあげた。

 星乃塚は応(こた)えて言う。
「そうだな。カツオは典型的な脚でリズムをとるタイプだ。フットワークがリズミカルかどうかで調子のよさがわかる。今日のカツオは、かなりいいな」

 カツオは軽快なフットワークで、烈の周囲を移動していく。

「すごいフットワークだ!」
 俊矢が感嘆の声をあげた。
「まるで動く標的ですよ!」

「あれは、サークリング・テクニックだ」
 星乃塚は説明する。
「相手を中心にして、リングに円を描くようにして移動する。
 相手のほうからすると、的(まと)が横に移動してしまうからパンチが打ちにくい。人間の目は、横に動く的をとらえるのが苦手だからな。
 いっぽうサークリングをしているほうは、つねに相手を視界の真ん中におきながら移動している。だから、的をとらえやすい。
 相手のほうは狙いがさだまらず、こっちはつねに照準をさだめている――この有利さを得られることが、サークリング・テクニックの最大の利点だ」

「なるほど……」


 高速で動いていくカツオを、大賀烈が追う展開となった。

 烈は拳を顎(あご)の高さにあげ、肩や上体を小刻みに揺すりながら、カツオを追う。

「大賀選手のほうは、上半身でリズムをとるタイプのようですね」

「そうだな。脚でリズムをとるカツオとは対照的だな」

 烈は、上目(うわめ)づかいでカツオを見すえながら、じわりじわり間合いを詰めていく。
 すり足で、少しずつ前進していくステップだ。プレッシャー(威圧感)はあるが、スピードはない。

「大賀選手、カツオさんのことを睨(にら)みながらボクシングしてますよ。さすがにちょっと不気味(ぶきみ)ですね」

「いや、あれは睨んでいるというより――」

 星乃塚の言葉が終わるよりもはやく、闘いが動いた。

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