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カツオは青コーナーに立ち、ラウンド開始のブザーを待ちながら、滝本トレーナーがさっきから何も言わないことを不思議(ふしぎ)に思っていた。
いつもなら、作戦や闘い方を事細かく指示してくるのに……。
インターバルはまもなく終了する。
「カツオ――」
滝本トレーナーがようやく言葉を口にした。
声も、表情も、いつになく険(けわ)しい。
「俺は何も言わねぇ。このスパー、おまえの思うように闘ってみろ」
「…………」
「いつもどおりでいい。おまえのボクシングを精一杯やるんだ。わかったな」
「はい」
カツオは返事をしながらも、やはり不思議に思っていた。
セコンドが指示をださないってどういうことだろう? オレのことを信頼してくれてるってことなのか?
……まあ、どっちにしたって、オレはオレのボクシングをやるだけだ。
オレにはスピードがある。オレのスピードをもってすれば、誰が相手だろうと絶対に勝てる!
カツオはそう自分に言い聞かせ、意識を闘いに集中させた。
内側から闘志がみなぎってくるのを感じる。
そして――
ラウンド開始のブザーが鳴った。
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