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星乃塚は、青コーナーの様子を注意ぶかく見ていた。
滝本さん、とりあえず深呼吸はさせたみたいだな。
しかし、それだけだ。セコンドとして最低限のことをしただけで、アドバイスをしている様子はねぇ。
いくらアレとはいえ、そいつはひどすぎるぜ。カツオはあきらめずに逆転を信じてるんだ。まわりが助けてやらなくてどうする!
星乃塚はいても立ってもいられず、青コーナーに駆け寄った。
滝本トレーナーは驚き、目を丸くしている。
「ほ、星乃塚! なんだ!?」
星乃塚はかまうことなくエプロン(リングの端)に立ち、カツオに言った。
「カツオ、よく聞け! あの相手にロープ・ア・ドープは通用しねぇ! 読まれてるんだ!」
「えっ……!?」
「向こうのコーナーをよく見ろ。相手は息ひとつみだれてねぇ。つまり、体力を消耗してねぇってことだ」
「…………」
「向こうの陣営は、おまえがみずから防御にまわって、相手を疲れさせる作戦にでたことに気づいている。だから、向こうは体力を温存しながら、逆におまえの体力をそぎ落とす作戦に切り替えた。
つまり、力を抑(おさ)えたパンチをコツコツ当てて、おまえの体力を少しずつ奪っていくつもりだ」
「……あのハードパンチの連打が、力を抑えている!?」
「そうだ。やつの重いパンチを実際に受けているおまえには信じがたいかもしれねぇが、第三者の視点から見ている俺にははっきりとわかる。
……まずいぜ。このままだと先に力尽きるのは、カツオ、おまえのほうだ!」
「…………!」
「このままロープ・ア・ドープをつづけていたら、逆転は有り得ねぇ。それよりは、まだ――」
「星乃塚くん、いったい何をしてるんですか?」
背後から神保マネージャーに声をかけられ、星乃塚はびくっとなった。
振り返ると、神保マネージャーが口もとに不敵な笑みを浮かべている。
この笑い方はかなり怒っている顔だ。
「いや、だってよ……カツオがこんなにがんばってるのに、黙って見てろなんて拷問にひとしいぜ」
「いいから、そこをはなれなさい。あなたはセコンドじゃないんですよ。
もうすぐ次のラウンドがはじまります。さあほら、さっさとリングからはなれなさい!」
最後のほうは、かなり強い口調だった。
星乃塚はしぶしぶリングをはなれ、俊矢のいる場所へもどっていった。
「そうか……そういうことだったんですね」
俊矢は、もどってきた星乃塚に向かって言った。
カツオのコーナーで星乃塚が口にした言葉を聞いて、カツオのロープ・ア・ドープ作戦に感じた違和感がなんだったのか、ようやく理解できたのだ。
そして、俊矢は思う。
「ロープ・ア・ドープ作戦をつづけていても、逆転の見込みはない。それよりは、まだ――」
そのとき、第3ラウンド開始のブザーが鳴った。
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