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このままだと逆転の見込みはない
あぶなげな足取りで、カツオは青コーナーにもどってきた。
息が荒い。あえぐように呼吸している。見るからに疲労困憊(ひろう・こんぱい)だった。
滝本トレーナーはリングにはいり、カツオの前に立った。
カツオに指示を与えることは禁じられているが、セコンドとして最低限の仕事をすることくらいはゆるされるはずだ。
「カツオ、深呼吸だ!
息を吸え。吸え、吸え、もっと吸え、苦しくても吸え……
よし吐け。吐け、吐け、もっと吐け、ぜんぶ吐け……
よし、いいぞ」
一度、大きく深呼吸したことによって、カツオの呼吸はだいぶ落ち着いた。
とはいえ疲労が回復したとは言いがたい。疲れ切った顔。背中を押しつけるようにしてコーナーポストにもたれかかっている。
烈のパンチによるダメージと、1発でもクリーンヒットをゆるしたら倒されるという緊張感――体力、気力ともに、カツオの消耗は激しかった。
しかし、カツオの目はまだ輝きをうしなってはいない。
勝負をあきらめていない目――最後には勝つと信じている目だった。
カツオは、自分に言い聞かせるようにしてつぶやく。
「だいじょうぶだ、チャンスはかならずやってくる……耐え忍べば相手はいずれ力尽きる。
……耐えろ! 最後まで耐え忍ぶんだ! そうすれば、チャンスはかならずやってくる!」
希望――逆転にかける想いが、カツオの目に輝きを与えている。
だが――
無理なんだよ、カツオ……その戦法じゃ逆転は不可能なんだ……。
滝本トレーナーはそのことに気づいている。しかし、それをカツオに伝えることはできない。
滝本トレーナーは胸が締めつけられるような想いにとらわれながらも、唇を噛みしめ、黙(もく)して語らずのスタンスをつらぬいた。
烈が、赤コーナーにもどってきた。
呼吸はみだれていない。闘志に燃えた目で、対角線上の相手コーナーを見すえている。
「あいつ、まだあきらめてねぇ。やっと立ちあがったあの状態で逆転勝利を狙ってやがる。マジで驚いたぜ……」
片倉会長も、おなじ思いだった。
「俺も心の底から驚いたよ。まさか練習生とのスパーで、ロープ・ア・ドープを使う相手にでくわすとはな」
「会長がいちはやく気づいてくれて助かったぜ。あのまま気づかずにラッシュしていたら、やつの術中(じゅっちゅう)にはまっていたところだ」
片倉会長がカツオの策に気づいたのは、
『カツオが自分からロープを背負いにいったこと』
『カツオの目が死んでおらず、戦意に満ちていたこと』
この2点を見さだめたからだ。
そして、片倉会長は『ファイトタイプG』の指示をだした。
ファイトタイプGというのは、片倉会長と烈だけにわかるように暗号化された作戦名だ。
ロープ・ア・ドープなどの逆転法を封じる戦術だった。
「烈、次のラウンドもファイトタイプGでいけ。勝利をあせるなよ。確実に仕留(しと)めるんだ」
「ああ、わかってるさ」
烈は目に闘志をみなぎらせ、力強く応(こた)えた。
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