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烈は、強烈なフックの連打から、いきなり左アッパーを放った。
カツオは、ロープにおもいっきり背をあずけるようにしてスウェイ(のけぞる防御)をし、烈のアッパーを空振りさせた。
「カツオさん、ナイスディフェンス!」
「カツオ、そのパターンに気をつけろ! 外側の連打から、いきなりアッパーをいれてくるぞ!」
カツオが、ショートのワンツーを放った。
烈の顔面にヒット。パチパチッといった感じのかるいパンチ――挑発するようなパンチだ。
烈が、カツオの腹(はら)めがけてボディアッパーを連打した。
ドスッドスッドスッ――
重いパンチからみぞおちを守るため、カツオのガードが内側にせまくなる。
次の瞬間、烈の右フックがカツオの顔面に襲いかかった。
カツオはとっさにダッキング(しゃがむ防御)をして、烈のフックを空振りさせた。
星乃塚は目をみはった。
「内から外のパターンもあるのか!」
「カツオさん、うまくよけましたね」
「ああ、よく見えている。そして、よく耐(た)えている。大きいパンチは反応して空振りさせ、ショートパンチの連打はガードを固めて耐え忍んでいる。カツオのやつ、本当によくがんばってるぜ」
「……これって、ロープ・ア・ドープ作戦ですよね? 逆転を狙うカツオさんにとってベストな展開ですよね?
一方的に打たれているように見えてもじつはパンチをもらっていない――この調子で相手が力いっぱいパンチを打ちつづけてくれたら、いずれ相手はスタミナが切れて動けなくなる。そしたら、いよいよカツオさんのターンですよね?」
俊矢は救いをもとめるような声で星乃塚に問いかけた。
カツオのロープ・ア・ドープ作戦はうまくいっているはずだった。
しかし、何かがちがう――そんな違和感を、俊矢は感じとっているのだろう。
星乃塚は、違和感ではなく、はっきりとその理由がわかっていた。
「ちがう、カツオ、そうじゃないぜ……」
もどかしさが口からもれた。
カツオの作戦はうまくいっているように見える。
だが――
「このままじゃ、逆転できる可能性は皆無(かいむ)だ……」
セコンドの滝本トレーナーにもそれはわかっているはずだ。
しかし、滝本トレーナーがそれをカツオに伝える様子はない。口をかたく真一文字(まいちもんじ)に結び、じっとリングを見つめている。
教えてやりてぇ。
だが、それは禁じられている――
星乃塚のもどかしさは募(つの)る一方だった。
ラウンド終了のブザーが鳴った。
「ストーップ!」
月尾会長が、両者のあいだに割ってはいった。
烈は踵(きびす)を返し、赤コーナーへ引きあげていく。
少しおくれて、カツオも青コーナーへと向かう。
カツオの脚(あし)は、少しふらついていた。
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