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逆転勝利のメソッド
カツオはロープを背負ってガードを固め、烈の攻撃を防いでいる。
烈は、ガードの上からでもかまうことなく左右のフックを叩き込んでいく。
ドスッ、ドスッと重々しい音が響き渡る。
ブロックしているにもかかわらず、カツオの体が左右に揺れ動くほどだ。
俊矢の表情が、ぱっと明るくなった。
「あれはもしかして、ロープ・ア・ドープ作戦じゃないですか!?」
「そうだ」
星乃塚は答えた。
「モハメド・アリがあみだした逆転勝利のメソッドだ!」
1974年10月30日――モハメド・アリは世紀の番狂わせをやってのけ、世界中を驚かせた。
驚異的なハードパンチをほこる怪物チャンピオン、ジョージ・フォアマンに挑(いど)んだ試合――
アリは、最強の敵に勝つために、驚くべき戦術を使った。
自分からロープを背負い、ガードを固め、フォアマンに思うぞんぶん攻めさせたのだ。
みずから人間サンドバッグと化し、フォアマンに力いっぱい攻撃させることで、フォアマンが疲れるのを待つ作戦をとったのだ。
そして、第8ラウンド――
フォアマンの動きが目に見えて鈍りはじめた。渾身(こんしん)の力でハードパンチを打ちつづけたため、スタミナが切れてしまったのだ。
アリはこの隙(すき)をついてすばやくロープからまわり込み、左フック、右ストレートのコンビネーションブローを叩き込む。
消耗しきっていたフォアマンは、もろくもくずれ落ちた。
アリのノックアウト勝利――あっという間の大逆転だった。
そして、このときアリが使った戦術は『ロープ・ア・ドープ』と名付けられ、劣勢を逆転するメソッド(方法)としてボクシング界に語り継がれている。
「カツオさんのあれが、ロープ・ア・ドープ作戦なら――」
俊矢は言う。
「見た目は劣勢でも、実際はカツオさんのペースだということですよね。この状況がつづけば、消耗して動けなくなるのは相手のほうなんですから」
カツオはただ防戦一方になっているわけではない。ガードを固めながらも、隙を見てジャブやショートパンチを返している。
烈の顔面に浅くヒットしているが威力はない。
だが、それでいいのだ。
ただ防御しているだけだと戦意なしと見なされてしまい、レフェリーストップがかかってしまう。
まだ戦意と体力があることをレフェリーにアピールするための反撃であり、また、相手のさらなる攻撃を誘うための反撃だった。
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更新
2018年11月24日 挿し絵画像を改訂。