2018年11月23日金曜日

逆転勝利のメソッド(1)

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逆転勝利のメソッド



 カツオはロープを背負ってガードを固め、烈の攻撃を防いでいる。

 烈は、ガードの上からでもかまうことなく左右のフックを叩き込んでいく。
 ドスッ、ドスッと重々しい音が響き渡る。
 ブロックしているにもかかわらず、カツオの体が左右に揺れ動くほどだ。


 俊矢の表情が、ぱっと明るくなった。
「あれはもしかして、ロープ・ア・ドープ作戦じゃないですか!?」

「そうだ」
 星乃塚は答えた。
「モハメド・アリがあみだした逆転勝利のメソッドだ!」

 1974年10月30日――モハメド・アリは世紀の番狂わせをやってのけ、世界中を驚かせた。
 驚異的なハードパンチをほこる怪物チャンピオン、ジョージ・フォアマンに挑(いど)んだ試合――

 アリは、最強の敵に勝つために、驚くべき戦術を使った。
 自分からロープを背負い、ガードを固め、フォアマンに思うぞんぶん攻めさせたのだ。
 みずから人間サンドバッグと化し、フォアマンに力いっぱい攻撃させることで、フォアマンが疲れるのを待つ作戦をとったのだ。

 そして、第8ラウンド――
 フォアマンの動きが目に見えて鈍りはじめた。渾身(こんしん)の力でハードパンチを打ちつづけたため、スタミナが切れてしまったのだ。
 アリはこの隙(すき)をついてすばやくロープからまわり込み、左フック、右ストレートのコンビネーションブローを叩き込む。

 消耗しきっていたフォアマンは、もろくもくずれ落ちた。

 アリのノックアウト勝利――あっという間の大逆転だった。

 そして、このときアリが使った戦術は『ロープ・ア・ドープ』と名付けられ、劣勢を逆転するメソッド(方法)としてボクシング界に語り継がれている。

「カツオさんのあれが、ロープ・ア・ドープ作戦なら――」
 俊矢は言う。
「見た目は劣勢でも、実際はカツオさんのペースだということですよね。この状況がつづけば、消耗して動けなくなるのは相手のほうなんですから」

 カツオはただ防戦一方になっているわけではない。ガードを固めながらも、隙を見てジャブやショートパンチを返している。
 烈の顔面に浅くヒットしているが威力はない。
 だが、それでいいのだ。
 ただ防御しているだけだと戦意なしと見なされてしまい、レフェリーストップがかかってしまう。
 まだ戦意と体力があることをレフェリーにアピールするための反撃であり、また、相手のさらなる攻撃を誘うための反撃だった。

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更新
2018年11月24日 挿し絵画像を改訂。