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「ワン、ツー、スリー、フォー……」
月尾会長がカウントを進めていく。
「ああ……カツオさんが……」
「ボディフックの連打から顔面へのアッパーか……くそっ、味なコンビネーションを使ってきやがるぜ」
「そんなに高度なコンビネーションなんですか?」
「高度というより、シンプルなコンビネーションだ。だからこそ実戦性が高い」
星乃塚は説明する。
「最初にボディフックの連打を放つ――これは左右から打つパンチだから、打たれたほうは無意識のうちにガードを横にひらいてしまう。つまり、ガードの内側がひろくなるんだ」
「なるほど……アッパーがはいりやすくなるんですね」
「それだけじゃねぇ。最初のボディ連打には、カツオの意識を下にさげる効果がある。そこからいきなり顔面に打たれると、反応ができずにまともに喰らっちまうんだ」
「外から内、下から上――その両方の変化を同時にやっているということですか……なるほど、たしかに実戦的なコンビネーションですね」
最初のボディフックの連打が強烈だった。だからこそ最後のアッパーがきれいに決まったのだ。
はっきり言って、四回戦のレベルじゃねぇ。いますぐにでもA級で試合ができる実力だ。
いくらアレとはいえ、練習生のカツオにはまだはやすぎるぜ。いったい何を考えてこんな相手を連れてきたんだ……。
星乃塚は、神保マネージャーを見やった。
神保マネージャーは星乃塚の視線に気づくと、落ち着いた仕草(しぐさ)で眼鏡のずれを直し、にやっと笑みを浮かべた。
「ドSめ! 確信犯か!」
おもわず声にだして、星乃塚は悪態をついた。
ここまでか――
滝本トレーナーは、ため息まじりに思った。
予想以上に相手は強かったが、おおむね俺たちの思惑(おもわく)どおりの結果になった。
対戦してくれた大賀選手に感謝せねばなるまい……。
決まったな――
と、片倉会長は思った。
2ラウンド中盤でのノックアウトか……まずまずの結果だ。
何より今回のスパーは内容が濃かった。烈にとっていい経験になった。
心のなかでそう締めくくった、そのとき――
「な、何っ!? 立つのか!」
キャンバス(床)に倒れ伏していたカツオが、体を起こした。
片倉会長のいる赤コーナーのすぐ目の前で、ロープにしがみつくようにしながら必死に立ちあがろうとしている。
「ばかな! 手応(てごた)えは充分だった……烈のアッパーをまともに受けて、まだ立てると言うのか!?」
ニュートラル・コーナーで待機している烈も、驚愕の表情を浮かべている。
「……シックス、セブン、エイト」
カツオは、カウント8で立ちあがり、ファイティングポーズをとった。
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