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「カツオさん、クリンチ! 前へでてクリンチです!」
俊矢が声をはりあげた。
背後はコーナーポスト、左右はロープ――烈の猛攻からのがれるには、もはや前進するしかない。
クリンチ(組みつき)に成功すれば、レフェリーにブレイクをかけてもらえる。
ブレイクがかかれば両者は引きはなされ、ふたたび距離がひらき、またカツオの間合いからはじめることができるのだ。
カツオはガードを固め、烈の連打の合間(あいま)をぬって前進した。
烈の体を両腕でかかえ込み、クリンチする。
「やった! クリンチした!」
俊矢が歓喜の声をあげた。
しかし、烈の連打はとまらない。
組みつかれながらも左右のショートフックをカツオのボディに叩き込んでいく。
ドスッドスッと重々しい音をたてて、烈の拳(こぶし)がカツオの脇腹にめり込んだ。
「会長、何してるんですか!」
俊矢が声をはりあげる。
「クリンチですよ! どうしてはなさないんですか!」
「いや、ダメだ」
星乃塚は言った。
「クリンチによるブレイクは、組みついたことによって両者ともに有効打が打てなくなったときにかけられる。レフェリーによってブレイクのタイミングにちがいはあるものの、プロの世界じゃ、どちらかが強いパンチを打っているうちはブレイクはかからねぇ」
重いボディブローの連打が、カツオの腹に叩き込まれていく。
カツオが、うっ、と苦しそうなうめき声をあげた――効いてる。
カツオは、烈のボディブローからのがれるために、みずからクリンチを解いた。
その一瞬の隙(すき)をついて、烈が左フックをカツオの顔面に放つ。
ドスン――
カツオの顔面にヒット。
カツオの膝(ひざ)ががくっと折れそうになった。
カツオはロープにしがみついて踏みとどまり、かろうじてダウンをまぬがれた。
「烈、チャンスだ!」
赤コーナーから片倉会長の声があがった。
「コンビネーション4だ!」
「くる! カツオさん、ガードをあげて!」
俊矢の声を聞き、カツオははっと我(われ)に返ったかのようにガードをあげ、守りの態勢にはいった。
烈が、左右のコンビネーションブローを叩き込んでくる。
ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ――
ガードの上から、左・右・左・右と重いボディフックを4発叩き込み、そして――
左アッパーを、カツオの顔面めがけて突きあげた。
クリーンヒット!
カツオの頭部が大きくのけぞり、反動で顔がまた前へもどってくると、その勢いのままカツオの体は前のめりにくずれ落ちた。
「ダウン!」
レフェリー役の月尾会長が両者のあいだに割ってはいった。
烈にニュートラル・コーナーへ行くよう指示する。
烈は、悠々(ゆうゆう)とした足取りで白いコーナーへ移動した。
手応(てごた)えがあったのだろう。すでに勝利を確信している足取りだった。
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