2018年10月16日火曜日

このスパーは、おそらくアレだ(1)

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このスパーは、おそらくアレだ



 それからシャドーボクシングを2ラウンドやったのち、カツオと大賀烈はスパーリングの準備にとりかかった。

 ノーファールカップ(金的を守る防具)を装着する。
 顔にワセリンを塗り、ヘッドギアを着け、マウスピースをはめる。
 ここまでは自分ひとりでできるが、グローブは手をいれた状態で紐(ひも)を結ばなければならないため、他者に装着してもらうことになる。
 烈のグローブはエムビージムの片倉会長が、カツオのグローブは滝本トレーナーが装着をしている。

 俊矢はサンドバッグ打ちの最中(さいちゅう)だったが、カツオのことが気になってしかたなかった。
 カツオと烈のやりとりは、俊矢にも聞こえていた。

 まさかこんな男がやってくるとは思ってもみなかった。
 礼儀を知らない男だった。
 カツオは以前、「ボクサーは現代の戦士なんだ」と俊矢に語ったことがある。しかし、大賀烈には戦士としての礼節などまったくない。

 この相手は、ボクシングを純粋に愛しているカツオさんにふさわしくない――
 俊矢はそう思った。
 カツオと拳(こぶし)をまじえる価値のない男だと思った。
 だが、試合形式で闘うことになってしまった。
 こうなったからには何がなんでも勝ってほしい。

 俊矢はカツオに激励の言葉をかけに行きたかった。
 そしてカツオの闘いを見守り、応援したかった。
 しかし、それは叶(かな)わないことだった。ボクシングジムは個々に練習をおこなう場所であり、練習中は自分の練習に専念しなければならないのだ。
 俊矢はカツオのことが気になりながらも、意志の力をふりしぼって練習に集中し、サンドバッグに力をこめたパンチを叩き込んでいく。

「俊矢」

 名前を呼ばれ、俊矢はサンドバッグを打つ手をとめた。
 かたわらに、月尾会長が立っている。

「すまんが、頼まれてくれるか」

「……何をですか?」

「ビデオ係だ。エムビージムの会長に今日のスパーを撮影してほしいと言われたんだが、俺はレフェリーをしなくちゃならねぇ。代わりに俊矢が撮(と)ってくれ」

 正直、意外だった。
 月尾会長はつねづね「プロになりたいのなら、練習中は自分の練習に徹しろ。まわりや他人に気をとられるな」と俊矢に言っている。こういう役目はいつもほかの練習生にやらせているのだ。

 その月尾会長が、俊矢の練習を中断させて、スパーリングを撮影するように言ってきた。
 まったくの予想外ではあったが、俊矢にとっては願ってもないことだった。撮影をしながらカツオの闘いを観戦できるからだ。

「わかりました! ぜひやらせてください!」

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