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このスパーは、おそらくアレだ
それからシャドーボクシングを2ラウンドやったのち、カツオと大賀烈はスパーリングの準備にとりかかった。
ノーファールカップ(金的を守る防具)を装着する。
顔にワセリンを塗り、ヘッドギアを着け、マウスピースをはめる。
ここまでは自分ひとりでできるが、グローブは手をいれた状態で紐(ひも)を結ばなければならないため、他者に装着してもらうことになる。
烈のグローブはエムビージムの片倉会長が、カツオのグローブは滝本トレーナーが装着をしている。
俊矢はサンドバッグ打ちの最中(さいちゅう)だったが、カツオのことが気になってしかたなかった。
カツオと烈のやりとりは、俊矢にも聞こえていた。
まさかこんな男がやってくるとは思ってもみなかった。
礼儀を知らない男だった。
カツオは以前、「ボクサーは現代の戦士なんだ」と俊矢に語ったことがある。しかし、大賀烈には戦士としての礼節などまったくない。
この相手は、ボクシングを純粋に愛しているカツオさんにふさわしくない――
俊矢はそう思った。
カツオと拳(こぶし)をまじえる価値のない男だと思った。
だが、試合形式で闘うことになってしまった。
こうなったからには何がなんでも勝ってほしい。
俊矢はカツオに激励の言葉をかけに行きたかった。
そしてカツオの闘いを見守り、応援したかった。
しかし、それは叶(かな)わないことだった。ボクシングジムは個々に練習をおこなう場所であり、練習中は自分の練習に専念しなければならないのだ。
俊矢はカツオのことが気になりながらも、意志の力をふりしぼって練習に集中し、サンドバッグに力をこめたパンチを叩き込んでいく。
「俊矢」
名前を呼ばれ、俊矢はサンドバッグを打つ手をとめた。
かたわらに、月尾会長が立っている。
「すまんが、頼まれてくれるか」
「……何をですか?」
「ビデオ係だ。エムビージムの会長に今日のスパーを撮影してほしいと言われたんだが、俺はレフェリーをしなくちゃならねぇ。代わりに俊矢が撮(と)ってくれ」
正直、意外だった。
月尾会長はつねづね「プロになりたいのなら、練習中は自分の練習に徹しろ。まわりや他人に気をとられるな」と俊矢に言っている。こういう役目はいつもほかの練習生にやらせているのだ。
その月尾会長が、俊矢の練習を中断させて、スパーリングを撮影するように言ってきた。
まったくの予想外ではあったが、俊矢にとっては願ってもないことだった。撮影をしながらカツオの闘いを観戦できるからだ。
「わかりました! ぜひやらせてください!」
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