2018年6月19日火曜日

1 スランプ(2)

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 対戦相手は、サウスポー(左構え)の選手だった。

 第1ラウンド、試合開始から1分もしないうちに、霧山さんの右ストレートが真正面から顎(あご)にヒットし、対戦相手はダウンした。

 相手は立ちあがったものの、足がふらついていた。
 効(き)いてる!
 霧山さんはたたみかけにいった。

 だけど、このときのラッシュがわざわいした。
 霧山さんはもともと狙いすまして強打を放つタイプのボクサーで、連打があまり得意じゃないんだけど、それにしても攻撃が雑(ざつ)すぎた。
 勝ちいそいでしまって力(りき)みが激しい。くりだすパンチがことごとく当たらない。

「落ち着け!」
 セコンドの滝本さんが必死になって叫んでいる。
「相手をしっかり見ろ! ちゃんと構えてから打て!」

 だけど、滝本さんの言葉はわれを忘れたかのように攻めいそぐ霧山さんにはとどかなかった。

 ラウンドの終盤、霧山さんは打ち疲れて見るからに失速した。

 第1ラウンド終了のゴングが鳴った。
 霧山さんは絶好のチャンスをものにできなかった。
 それどころか、たたみかけに失敗したことで相手以上に消耗してしまった。


 第2ラウンド以降、形勢は逆転した。
 スタミナを切らして動きがにぶくなっている霧山さんに対し、対戦相手はダメージから回復して勢いづいていた。

 霧山さんは、気力をふりしぼって反撃した。

 一進一退の攻防――。

 オレは、観客席から声のかぎり霧山さんを応援した。
 オレの声援がわずかでも霧山さんの力になってくれれば、と、心から願った。
 だけど、消耗が激しい霧山さんにとって戦況は厳しかった。
 サウスポーに対するやりにくさも加わって、霧山さんはペースがつかめない。
 リング・ゼネラルシップ(試合の主導権)は相手がにぎっているように見えた。



 最終ラウンド終了のゴングが鳴った。
 勝敗は判定に持ちこされた。

 オレは、祈るような気持ちで判定を待った。

 判定の結果は、対戦相手の勝利だった。

 相手の勝利が場内にアナウンスされたときの霧山さんのうなだれた顔――
 肩を落としてリングを降りていく霧山さんの悲しげな姿――

 それは、目をそむけたくなるような光景だった。

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更新
2019年4月27日 挿し絵画像を改訂。