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ジムでの練習のあいだ、オレはずっと落ち着かなかった。
あのメールを読んだ俊矢がジムにもどってきてくれることを期待する気持ちが胸にあって、どうしても集中できなかったんだ。
15ラウンドの練習が終わった。
俊矢は、ジムにこなかった。
あのメールは、俊矢の心に響かなかったんだろうか?
いや、それ以前に、俊矢はあのメールを読んでくれたのだろうか?
落胆(らくたん)の思いにとらわれながら、オレは帰り支度をすませ、更衣室をでた。
オレはおもわず、あっと声をあげた。
俊矢が、ジムにはいってくるところだった。
俊矢のほうも、オレの顔を見て驚いた表情をしている。潤(うる)みがちな瞳がいつも以上に潤んでいた。
俊矢は軽くオレに頭をさげると、何も言わずに事務室に向かった。
なかには会長がいる。
オレは事務室の前で、俊矢がでてくるのを待った。
およそ10分後、俊矢がでてきた。
さっきよりも表情がやわらかくなっている。
「カツオさん……」
俊矢は、潤んだ瞳でオレを見つめている。
オレは微笑みながら、小さくうなずいた。
「行こう。歩きながら話そう」
オレは自転車を押しながら、俊矢と肩をならべて歩いた。
ふたりとも言葉はなかった。
やがて、俊矢が静かに言った。
「……さっき、会長に頭をさげて、『もう一度やらせてください』と頼み込んできました。こっぴどく説教されましたけど、でも、またジムに復帰することを許してくれました」
「そうか……良かった」
「あのメール、心が震えました。あのメールに込めたカツオさんの想いややさしさが伝わってきて、涙がとまりませんでした。
そして、気持ちが落ち着いてきたら、今度はいても立ってもいられなくなって、ジムに走ってました。おれが別人に生まれ変われる場所――それはやっぱりボクシングなんだって気づいたんです」
「そうだよ、そのとおりだよ。ボクシングをやっているときの俊矢は、誰よりも真面目(まじめ)で誠実なんだ。
以前の俊矢がどうだろうと、そんなことは関係ない。それはボクサーの俊矢とはまったくの別人なんだ。ボクサーの俊矢は、まちがいなく『現代の戦士』だよ。
だから、ずっとボクサーでいなよ。俊矢の『いま』を、自分らしく、やさしく、真摯(しんし)に生きるために」
「カツオさん!」
俊矢は立ちどまり、オレに向き直った。
「本当に、本当に、ありがとうございます! そして、これからもよろしくお願いします!」
「うぅ……」
さまざまな想いが胸に込みあげてきた。
大粒の涙が目からあふれだし、オレは言葉を口にすることができなくなった。
「ちょっと、勘弁(かんべん)してくださいよ……おれだって泣かないようにずっと耐えてたのに……」
俊矢の目からも涙があふれだした。
オレたちは、これまでの苦悩がすべて洗い流されるまで、ともに泣いた。
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