2018年5月30日水曜日

4 私は、罪を犯したことはない(1)

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4 私は、罪を犯したことはない



 オレは、ジムに行く前に、俊矢にメールを打った。
 賢策くんから聞いた逸話を、そっくりそのままメールにした。

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お釈迦さまの弟子のひとりに、アングリマーラという人物がいた。
このアングリマーラという男、じつは99人もの人間をころしている。

もとの名前はアヒンサと言い、高名なバラモン(司祭)のもとで修行をしていたのだが、アヒンサはそのバラモンにだまされて、
「人をころして指を1本切り落とし、それを百人ぶん集めて首飾りにすれば、修行が成就する」
そう信じ込み、アングリマーラ(指の首飾り)と呼ばれる殺人鬼になったのだ。

だが、百人目の殺人をおこなおうとしたとき、お釈迦さまがあらわれて、アングリマーラは狂気から救われた。
その後、アングリマーラは改心して、お釈迦さまの弟子になった。


ある日、修行僧となったアングリマーラが托鉢(たくはつ 碗を持って食料や金銭を乞う修行)をしていると、難産で苦しんでいる女性がいた。

当時、インドでは、「殺生(せっしょう)の罪を犯さない僧から安産を祈願されると、すこやかに生命が誕生して安産になる」と信じられていた。

しかし、アングリマーラは僧侶のはしくれでありながら、その難産の女性に対して何もしてあげることができなかった。
彼はかつて人をころしていたからだ。

アングリマーラはお釈迦さまのところにもどると、この出来事を話した。

すると、お釈迦さまはアングリマーラにこう言った。
「もう一度その女性のところへ行き、こう言いなさい。『私は、殺生の罪を犯したことはない。私のこの徳によって、安らかに出産されるように』と」

アングリマーラは驚いた。
彼は過去にたくさんの命をうばっており、その言葉は真実ではないと思ったからだ。

後ろめたい気持ちを胸に残しながらも、アングリマーラはお釈迦さまを信じて、言われたとおりにした。

彼は難産で苦しんでいる女性のところへ行き、こう言った。
「私は殺生の罪を犯したことはありません。私のこの徳によって、安らかに出産されますように」

すると、苦しんでいた女性の顔がおだやかになり、とても安らかに子供が産まれた。


この体験によって、アングリマーラはひとつの悟りを得た。

「『私は殺生の罪を犯したことはない』という言葉は偽(いつわ)りではなかった。仏弟子となってからの私はいちども殺生をしていない。
人をころしたのは過去の私であって、いまの私ではない。改心したいまの私は、過去の私とはまったくの別人だ。罪ぶかき殺人鬼は、もうどこにもいない。
過去に犯した罪は、過去の私と一緒に、いまはもう消えてなくなっていたのだ」
***


 これがメールの全文だ。
「ジムにもどってこい」とか、「会長も待っている」とか、そういったことはいっさい書かずに、ただ、この逸話だけを書いた。

 オレは、メールを送信した。

 よけいなおせっかいだと思われるかもしれない。
 でも、俊矢にひらかれた心があれば、このメールは『きっかけ』になるはずだ。

 ……だいじょうぶ。
 俊矢にはきっと伝わるよ。

 オレは、そう信じてるんだ。

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