2018年5月29日火曜日

3 罪や過ちは消すことができないのか?(3)

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 誠一くんが、怪訝(けげん)な眼差しを賢策くんに向ける。
「……おまえ、さっきから俺たちの会話をひろって話をきれいにまとめてるけど、もしかしておまえ、最初から結論を知ってたんじゃないのか?」

「まあね。この問題については、以前に考えたことがあるからね」

そういうことは先に言え!

 オレと誠一くんは、声をそろえてツッコんだ。
 周囲の客が、驚いてオレたちのほうを見ている。

 賢策くんは、わるびれるそぶりすら見せずに飄々(ひょうひょう)と言った。
「こういうことは、人に『答え』を教えてもらうんじゃなくて、ちゃんと自分の頭で考えないとね。それに、僕がだした『答え』はあくまでも僕個人のものだから、カツオに押しつけたくなかったんだ。
 ……と言っても、話の流れが僕とおなじ結論に向かっていたから、要所要所は僕が締めさせてもらったけどね」

「そういうのは『締める』って言うんじゃなくて『おいしいところを持っていく』って言うんだ」
 誠一くんはあきれてため息をついた。

「ねえ、賢策くん――」
 オレは、ちょっと気になったことを尋ねてみた。
「さっき『以前に考えたことがある』って言ってたけど、どうしてこんなことを考えたりしたの?」

 ふつうの人は『罪』について真剣に考えることなんてあまりないと思う。オレだって俊矢のことがなければこの問題と向き合うことはなかったはずだ。

 賢策くんは顔をくもらせた。
 どうやら答えづらいことを訊(き)いてしまったらしい。

 賢策くんは、重い口調で言った。
「……僕は『いま幸せ』に目覚めてから、複数の女性と付き合うのはやめて、マユミだけを大切にするようになった。
 そして、真摯(しんし)な気持ちで恋愛ができるようになって、はじめて気づいたんだ。僕がいかにたくさんの女性を傷つけてきたか、ということにね」

「…………」

「その罪の意識はとても大きかったよ。僕がしてたことは、優越感や自己顕示欲(じこ・けんじよく)にひたってただけなんだ。ようするに、エゴを満たすために女性を利用してたんだ。
 そのことに気づいてからは、自分がはずかしくて、けがらわしくて、許せなくなったよ」

 賢策くんにそんな苦悩があったなんて、ちっとも知らなかった。
 悩んでいるようなそぶりなんて少しも見せたことがなかったんだ。

 賢策くんは、ひとりで悩んで、考え、そして、自分ひとりの力で克服したんだ。
 強いよな、賢策くんは……殴り合いのスキルがあったって身につかない強さだよな、こういうのは。

 オレは、尊敬の想いを込めて賢策くんを見つめた。

 でも、誠一くんはちがっていた。
 ジト目で賢策くんを睨(にら)んでいる。

「賢策……つかぬことを訊くけど、もしかしておまえ、罪の意識に縛られる必要はないってことを悟(さと)らせる『きっかけ』についても、すでに答えを知ってるんじゃないのか?」

「まあね。だから僕はいま、こんなにも颯爽(さっそう)としているのさ」

「おまえなぁ……」
 誠一くんはあきれ返って脱力している。
「そういうことは先に言えよなぁ……」

「誠一、さては僕がもったいつけて話さなかったとでも思ってるんだろう? 僕がそんなことをするようなやつに見えるかい?」

「見える」

「即答とは失礼だな。これはあくまでも『僕の場合は』という話であって、ほかの人にとっても『きっかけ』になるのかどうかなんてわからないのだから、話すタイミングをうかがったとしても極めて当然だと思うけどな」

「賢策くん、それはわかったから、早くその『きっかけ』を教えてよ」

「いいだろう。僕を罪悪感から救う『きっかけ』となったもの――それは偶然耳にした、お釈迦(しゃか)さまに関する逸話なんだ」

お釈迦さま……!?

 オレと誠一くんは、顔を見合わせた。

 賢策くんは、少し芝居(しばい)がかった語り口調になって、その『きっかけ』の逸話を話しはじめた。

「お釈迦さまの弟子(でし)のひとりに、アングリマーラという人物がいた。
 このアングリマーラという男、じつは――」

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