2018年5月7日月曜日

1 ジムメイト(4)

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 日曜日――

 予定どおり、俊矢はオレの家を訪れ、ふたりでボクシング鑑賞会となった。
 俊矢とジム以外の場所で会うのは、これが初めてだった。

 家にあがった俊矢は、最初のうちは落ち着かない様子だったけど、オレの部屋へ行き、ロベルト・デュランの動画を観はじめるとすぐに、映像のファイトに夢中になった。

 俊矢と一緒に動画を観ながら、オレは映像のボクサーの動きについて熱く語った。

「いまの打ち方、見た? 脚(あし)の反動をフルに使ってるだろ。脚の力をうまく使うことで『全身で打つパンチ』を体現してるよね。それこそがデュランのハードパンチの秘訣(ひけつ)なんだ」

「いまデュランが脚をとめているのは、カウンターを狙ってるんだ。剣術で言うところの『後の先(ごのせん)』をとる戦法だね」

 オレはべつに、知識をふりかざして優越感にひたってたわけじゃない。
 映像のチャンピオンの動きを解説することで、ボクシングのテクニックや戦術をさりげなく俊矢に教えていたんだ。

 そのとき、部屋の扉がノックされ、母さんがなかにはいってきた。
 母さんはふたりぶんのお菓子とジュースをテーブルに置き、それから俊矢のほうを見て、にっこりと笑った。

「今日はボクシングをやっている友達がくるって言うから、いったいどんな子なんだろうってちょっと不安だったのよ。でも本当に良かったわ、とても真面目(まじめ)そうな子で」

「…………」

 俊矢は目を伏せて黙り込んでしまった。

「母さん、用が済んだら早く行きなよ」

「はいはい。それじゃ、ゆっくりしていってくださいね」

 母さんはもう一度、俊矢に向かって微笑み、愛想よく部屋をあとにした。

 俊矢は、悲しげな表情でうつむいている。
 気をわるくしたのかな?

「ごめんよ。母さんはいまだにボクシングに偏見をもってるんだ」

「偏見?」

「ボクシングってあまりイメージのいい競技じゃないだろ。その良くないイメージを真(ま)に受けてるんだよ。
『暴力的』だとか、『ケンカの延長』だとか、『不良やチンピラがやる仕事』だとか、ボクシングのことをそんなふうに思ってるんだ。とんでもないよね」

「…………」

「ほんと、誤解もはなはだしいよ。近代ボクシングは英国を発祥とする『紳士のスポーツ』なんだ。
 まだ夜が明けきらないうちに起きて走って、毎日ハードなジムワークをこなして、食べたいものをがまんして節制して、一対一で激しく殴り合って――
 こんなこと、人一倍真面目じゃなきゃできないっての。ボクサーというものをちゃんと理解してほしいよね」

「………………」

「英語圏ではボクサーのことを『ファイター』って言い方をしてるけど、そのとおり、ボクサーは『現代の戦士』なんだ。
 高潔(こうけつ)で、誇り高くて、勇敢で、人にやさしい――そんな『現代の戦士』がボクサーなんだ。また、ボクサーってのはそうあるべきだよね」

「……………………」

 ん? 俊矢のやつ、ますます黙り込んでしまったぞ? 潤(うる)みがちな瞳が、いつもよりも潤んでいるように見える。

 ……もしかして、お菓子やジュースをだされたりしたんで恐縮しちゃってるのかな?
 そうだよな、すごく謙虚なやつだもんな。母さんが変に気をつかったせいでちょっと遠慮してるのかもしれないな。

 オレは、ボクシングを観ればまたすぐに元気になるだろうと思い、次の動画を再生した。

 この試みはうまくいった。
 俊矢は映像のファイトに夢中になり、潤んでいた瞳は輝きをとりもどした。

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