2018年5月15日火曜日

2 あんなに一生懸命だったじゃないか……(1)

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2 あんなに一生懸命だったじゃないか……



「犯した罪が消えることはありません」

 あのとき俊矢は言った。

 ……本当にそうなのか?
 犯した罪は、けっして消えることはないのか?
 人は、いちど過ちを犯してしまったら、一生その罪を背負わなければならないのか?

 いったい『罪』ってなんだ?


        

 俊矢は、ジムにこなくなった。

 月尾会長はゆいいつの教え子をうしない、元気をなくしていた。
 俊矢がいたときは大きな声を張りあげてジムに活気を与えていた。
 でもいまは、オレたちの練習を無言のまま見てまわり、それが終わると無言のまま事務室へと引き返していく。

 会長だけでなく、ジム全体が活気をなくしていた。
 一心不乱(いっしん・ふらん)に練習する俊矢の姿は、オレたちボクサーの競争心をかき立てていたんだ。
 そしていま、あらためて俊矢の存在の大きさを思い知らされる。

 練習後、オレはトレーナーの滝本(たきもと)さんに尋ねた。
「俊矢とは連絡がついたんですか?」

 滝本さんは首を左右にふった。
「いくら電話をかけてもつながらねぇ。あいつはもうダメだな」

「…………」

「あいつのことはショックだったし、憤(いきどお)りを感じてるよ。あいつは会長を裏切ったんだからな。
 あいつは入門するときに、『おれには犯罪歴があります。だからこそボクシングにすべてをかけています。お願いです、やらせてください』そう言って、必死に頭をさげてきた。
 その真剣さに会長は胸を打たれたんだ。だからこそ、信念をまげてまでみずから指導することを決心されたんだ」

「…………」

「いったい何があったのかは知らねぇが……いや、知りたいとも思わねぇ。理由があろうがなかろうが、みずから去っていったやつを追う気はねぇ。
 おまえはあいつといちばん仲が良かったから気に病むなと言っても簡単にはいかねぇだろうが、でも、忘れろ。本気でプロを目指すんだったら挫折(ざせつ)したやつのことなんて考えるな。おまえは、おまえのことだけに集中してればいいんだ」

 きっと、滝本さんの言うとおりなんだと思う。
 でも、できないこともわかってるんだ。

 俊矢のことを忘れるなんて、できない。

 仲間だから。
 本当の、仲間だから……。



 ジムワークの帰り道、オレは自転車をとめて携帯をとりだした。
 俊矢のメアドは知っている。

俊矢
ジムにもどってこい
会長も、おまえのことを待っている

 俊矢宛てのメールを打った。
 でも、送信はできなかった。
 オレには、できなかった。

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