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学校では、学年末テストがはじまっていた。
でも、オレは集中できなかった。
思うのは俊矢のことばかりだった。
どうしてなんだ、俊矢?
あんなに熱心に練習してたのに……。
誰よりもボクシングに打ち込んでいたのに……。
今日のテストが終わり、帰り支度(じたく)をしていると、誠一くんがオレのところにきた。
「カツオ、なんだか元気ないな。だいじょうぶか?」
心配そうに声をかけてくれたけど、オレは、
「だいじょうぶ、なんでもないよ」
と笑ってみせた。
誠一くんは納得のいかない様子で、じっとオレの顔を見ている。
「誠一くん、暮咲さんが待ってるよ」
オレがそう言葉をかけると、誠一くんは何か言いたげな顔をしながらも、暮咲さんと一緒に教室をあとにした。
誠一くん、心配してくれてありがとう。
でも、いまはあまえたくないんだ。俊矢のことは、オレの力で解決したいんだよ。
俊矢は、オレの仲間だから……。
今日も俊矢はジムにきていない。
「カツオ、どうした! もっと集中しろ!」
滝本さんの怒声がとぶ。
でもオレは、以前のようには集中できなかった。
どうしてなんだ、俊矢……。
頭のなかで、その言葉がたえず渦巻いていた。
ジムの帰り道、オレは自転車をとめて携帯をとりだした。
俊矢
早くジムにもどってこい
いや、
もどってきてくれ……
早くジムにもどってこい
いや、
もどってきてくれ……
メールを打った。
でも、やっぱり送信できなかった。
オレには何も言えない。言う資格がない。
俊矢は、おれとは生きてる世界がちがう、と言った。
その言葉どおりだとしたら、ちがう世界に生きてるオレに何が言えるというのだろう。
あの日、オレは何も知らずに、俊矢に向かって自分のボクシング観を語った。
「近代ボクシングは英国を発祥とする『紳士のスポーツ』なんだ」
「高潔(こうけつ)で、誇り高くて、勇敢で、人にやさしい――そんな『現代の戦士』がボクサーなんだ。また、ボクサーってのはそうあるべきだよね」
そんな言葉のひとつひとつが、俊矢を傷つけていたんだ。
軽はずみなオレの言葉が俊矢の罪悪感を増大させ、そして、俊矢をボクシングから離れさせてしまったんだ。
そう、オレのせいなんだ。
ぜんぶオレのせいなんだ。
でも、わからないよ俊矢。
あんなに一生懸命だったじゃないか。
あんなにもボクシングに夢中になってたじゃないか。
あの日、俊矢は言った。
「おれは、『ケンカの延長』として、『不良やチンピラがやる仕事』として、ボクシングを選んだんです」
そうなのか、俊矢? 本当にそうなのか?
ケンカの延長で、不良やチンピラのつもりで、あんなにも自分を追い込んでいたのか?
それとも、俊矢……
もしかしておまえは、罪のある自分を懲(こ)らしめるつもりで、みずからを追い込んでいたんじゃないのか?
自分を苦しめることで、おまえなりの罪の償(つぐな)いをしてたんじゃないのか?
ボクシングを一生懸命やることで、オレたちの世界にこようとしてたんじゃないのか?
そうなんだろう、俊矢?
本当は、そうなんだろう?
いくら心のなかで問いかけても、答えは返ってこない。
そして、俊矢ももどってはこないんだ。
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