2018年5月12日土曜日

1 ジムメイト(7)

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 なんだか俊矢の様子が変だった。
 深刻で、悲しげな顔をしている。

 オレたちは無言のまま、歩いていた。

 そのとき、空から白い粒(つぶ)のようなものがふわりと舞い落ちてきた。

「雪……」

 季節はずれの雪が、あたりの景色を一変(いっぺん)させる。

 ふいに、俊矢が足をとめた。

「カツオさん……」
 俊矢の声が震えている。
「おれ、本当のことを言います」

 息がつまるほどの不安が胸に込みあげてきた。
 何か良くないことが起ころうとしている。それはわかっていた。
 でも、オレは動けなかった。
 声すらだせなかった。
 ただ、そこに立っていることしかできなかった。

「おれは、カツオさんが思っているような人間ではありません。真面目(まじめ)でもなければ、『現代の戦士』でもありません。
 おれは、犯罪歴のある邪悪な人間です」

 驚きのあまりに頭が真っ白になった。
 思考がとまり、何も考えられない。

 俊矢は、言葉をつづけた。

「おれは、県内で有名な不良グループにはいっていました。おれはそこで悪事のかぎりを尽くしました。殺人以外の悪事はほとんどぜんぶやりました。そしてついに傷害の容疑で逮捕され、おれは鑑別所へ送られました」

「…………」

「両親は泣き崩れ、姉は就職の内定を取り消されました。
 おれは、ボクサーになることを決意しました。
 傍目(はため)には更生(こうせい)のためにボクシングをはじめたように見えるかもしれません。でも本当は、おれのせいでどうのこうのと口うるさく言われないように自立したかっただけです。おれのような不良が自立できる場所――それがボクシングだと思ったんです。
 ……そうです、おれは、『ケンカの延長』として、『不良やチンピラがやる仕事』として、ボクシングを選んだんです」

「…………」

「カツオさんの言うとおりだと思います。ボクサーは『現代の戦士』であるべきだと思います。おれのような人間がやってはいけない競技なんです。今日、それを痛感しました」

 何を言ってるんだ、もうやめろ!
 心のなかで思っても声にはならなかった。

「カツオさんはいい人です。それはわかっていました。そして今日、誠一さんに会って、カツオさんはおれのようなやつと関わってはいけないんだって思い知らされました。
 友人を見ればその人物がわかります。誠一さんのような心やさしい友達なんて、おれにはいません。
 カツオさんは本当にいい人です。おれとは生きてる世界がちがいます。そして、ボクシングという競技は、カツオさんのような人のためにあるべきです」

「…………」

「おれは罪人(つみびと)です。犯した罪が消えることはありません。おれは許されざる人間です。不幸であるべき人間です。これ以上、神聖なリングをけがしたくありません」

 俊矢がオレの目を見つめた。その瞳が、涙がこぼれ落ちそうなくらいに潤(うる)んでいる。


「カツオさん……さようなら」

 俊矢はオレに背中を向けて、駆けだした。

 オレは、追えなかった。
 一歩も動けなかった。
 降りしきる雪のなかで、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くすばかりだった。

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