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俊矢がオレの家をでたのは、日が傾きかけたころだった。
暦(こよみ)のうえでは春だと言うのに、外は凍(こご)えそうなくらいに肌寒い。
オレは、駅まで俊矢を送っていくことにした。
べつに送るほどの道のりじゃないんだけど、でもオレは、俊矢と少しでも長く一緒にいたかったんだ。
「俊矢、今日はきてくれてありがとう。俊矢とボクシング鑑賞ができて、すごく楽しかったよ」
「礼を言うべきなのは、おれのほうです。とても有意義な時間でした」
「デュランのボクシングは、参考になった?」
「はい。会長の指導をふり返ってみると、あのボクシングをおれにやらせようとしているところが、たしかに感じられます。とはいえ、おれにあんなすごいボクシングができるのかどうか、自信はありませんが……」
「できるよ。模範(もはん)となるイメージが明確にあるんだから、努力家の俊矢なら絶対にできるよ」
そのとき、オレはとてもよく見知っている顔を見つけた。
「誠一くん!」
ほとんど反射的に声をかけていた。
誠一くんは歩みをとめて、オレのほうを向いた。
それにともなって、誠一くんの右側にいる人も一緒に歩みをとめる。
暮咲(くれさき)さんだった。
暮咲さんは高校のクラスメートだ。そして、誠一くんの最愛の人だ。
すごくおとなしい子で、いつもうつむいていて目立たない子なんだけど、そんな暮咲さんのことを誠一くんはいつも気にかけていた。
そして、昨年のクリスマスにふたりは晴れて正式な恋人同士になったんだ。
誠一くんと暮咲さんは、ずっと手をつないでいた。
暮咲さんは、オレの顔を見、それから俊矢の顔を見て、はずかしそうに顔を伏せてしまった。
……あいかわらずだな、暮咲さんは。
誠一くんは、暮咲さんの耳もとに顔を近づけて、
「だいじょうぶだよ」
と、いたわるようにささやいた。
暮咲さんが顔をあげて誠一くんを見る。
誠一くんがやさしく微笑みかけると、暮咲さんの顔にもすぐに笑みが浮かんだ。
いつ見ても微笑ましいよなぁ、このふたりは。
「ごめん、誠一くん。今日は暮咲さんとデートだったんだね……声をかけたりして、わるいことしたよ」
「いや、いいんだ」
誠一くんは照れくさそうな笑みを浮かべ、そして、視線を俊矢に向けた。
「その人は?」
「オレのジムメイトだよ。山木俊矢って言うんだ」
誠一くんは俊矢に向かって、
「はじめまして、中沢誠一(なかざわ せいいち)です」
と、微笑みながら自己紹介をした。
俊矢は小さく会釈(えしゃく)を返しただけだった。
恐縮しているというより、驚いている、といった感じだった。
「カツオ、俺たちもう行くから……ごめんな」
「オレのほうこそ、邪魔してごめんよ」
オレは誠一くんたちと別れ、俊矢とふたりで駅へ向かった。
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