※今回はボクシングに関するエッセイです
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「本番の日が、ベストコンディション(絶好調)になるための方法」
についてお話しいたします。
これは、僕がボクシングをやっていたときに学んだ方法です。
人間の「バイオリズム」を活用しています。
「ここぞ!」という日を絶好調で
バイオリズムという言葉は、一般的に「体調の波からくる好不調の変化」という意味で使われています。
ここでちょっと雑学的な余談になりますが――
もとの意味の「バイオリズム」は、19世紀、ドイツの外科医ウィルヘルム・フリースという人物が提唱した仮説のことです。
「生命体の生理状態、感情、知性などには、周期的なパターンがある」
と考えたんですね。
人間の場合は、
- 身体リズムは 23日
- 感情リズムは 28日
- 知性リズムは 33日
という周期が働いており、生まれたときから一生この周期がつづくとされています。
医者が提唱しているので説得力があるように感じるかもしれませんが……
あくまでも「仮説」にすぎません。
根拠も希薄で、立証もされておらず、正式な科学とは認められていません。
この仮説は、
「誕生日から計算して、現在がどの周期にあるかを調べて楽しむ」
という占い的な要素が色濃くなっています。
はっきり言って、この周期を信じても実用性はありません。
雑学だと思って聞き流したほうが良いでしょうね。
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僕も、この仮説には根拠がないと思います。
ボクシングの関係者で、
「バイオリズムの周期は絶対で、生まれてからずっと決まっている」
という考え方を信じている人は、いないと思います。
なぜなら、ボクシングの世界ではバイオリズム(体調の波)を利用して、試合の日がベストコンディションになるように、人為的(じんいてき)にコントロールしているからです。
ボクシングの調整法
ボクシングの世界では、好不調のバイオリズムは7日から10日ぐらいだと言われています。
個人差はあまり見られず、ほとんどすべての人がこの7日から10日の周期にあてはまります。
この周期を利用して、ボクサーは試合当日に好調のピークがくるように調整しています。
方法は簡単――
試合当日の7日から10日前が、絶不調になるようにするのです。
「7日から10日前が不調のピークになれば、その後は調子が上向いて、試合当日には好調のピークに達する」
と考えられているんですね。
そのため、ボクサーは試合が近づくと、オーバーワーク(練習のしすぎによる過労状態)におちいるほどの激しい練習をして、試合の7日から10日くらい前に、疲労を頂点まで蓄積させます。
つまり、意図的に「絶不調」の状態をつくりだすわけです。
疲労のピークを迎え、絶不調の状態になったら、その後はあまり練習をしません。
縄跳びと、軽いシャドーボクシングていどで練習を終え、あとはひたすら休養します。
※まったく体を動かさないで休養するより、軽く体を動かして休んだほうが効果的に回復します。スポーツ医学では「積極的休養」と言っています。
これまで疲労が蓄積するほどの激しい練習をしていたところから、いきなり練習量が落ちて、休養する時間が長くなります。
必然的(ひつぜんてき)に、調子が上向きます。
日を追うごとに、調子が良くなっていきます。
そして、試合当日に好調のピークを迎え、「絶好調」になります。
7~10日前までに準備を終えられなかった場合は、逆効果になる?
この調整法、ボクシングの世界では常識のようになっていますが、ほかの分野ではあまり知られていません。
つまり、知っている人は少ないということです。
ですが、実用性は高い方法です。
創作のように「日々、成果を積み重ねていく活動」の場合は、この調整法を活用することはできませんが、「特定の日」に本番を迎えるケースでは、たいへん有効です。
たとえば、受験――
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試験前に猛勉強をして、7日から10日前に疲労のピークがくるようにする。あとは簡単に参考書やノートをながめるていどにして、休養を多くとり、調子を上向かせる。
そして、好調の波が頂点に達したところで、本番当日を迎える。
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この調整法を活用するためには、余裕をもって準備を終わらせること――本番当日の7~10日前までに、やるべきことをぜんぶ終わらせることが絶対条件になります。
ボクシングの場合は、7~10日前までに減量が終わっていなければなりません。
もし、それまでに体重が落ちていなかった場合は、減量のためにハードな練習を直前までつづけることになります。
休養期間を設けることができず、疲れが蓄積したまま(絶不調のまま)試合にいどむことになります。
とうぜん、結果をだすのはむずかしくなりますよね。
やるべきことを後(あと)まわしにせず、早め早めにこなしていくことが、この調整法ではとても重要なんですね。
好不調のコントロールは、意図的な不調に有り
人為的に「好調」の状態をつくりだすことはできません。
ですが、「不調」の状態は、自分を追い込みさえすれば、人為的につくりだすことができます。
その性質と、バイオリズム(好不調の周期)を活用して、本番の日が絶好調になるように仕上げるのです。
これが、ボクシング界に伝わる「ベストコンディションのつくり方」です。
近年、ボクシング界で体重超過が頻発している理由
余談になりますが――
近年のボクシング界では、海外を中心に、この調整法をおこなわない選手が増えてきました。
理由は、この調整法が長期にわたって計画的におこなわなければならないからだと思います。
ボクシングの場合は、だいたい2ヶ月の期間を使って本番の日に向けた調整をします。
2ヶ月にわたって疲労を蓄積させ、食べたいものをがまんして体重を落としていきます。
それはつまり、2ヶ月ものあいだ疲労と空腹に耐え抜かなければならないということです。
近年では、疲労と空腹で苦しい思いをする期間を短くするため、べつの調整法を採用するボクサーが増えてきました。
水抜き法です。
試合が近くなってくると、大量の水分を摂取して、体に水分がたまった状態(水ぶくれ)の状態をつくります。
そして計量(試合の前日)の直前に、サウナで大量の汗をかいて水抜きをし、体重を一気に落とします。
これで計量をパスできれば、苦しい思いをするのは水抜きをする1日だけで済む――
そんな安易な考え方によって、このやり方が海外を中心に広まってきています。
「直前に水抜きしただけで、本当に体重が落ちるのか!?」
と疑問に思った人もいるかと思いますが……
そんな都合(つごう)よく、1日で落ちるとはかぎりません。
その結果、世界チャンピオン・クラスのプロボクサーが計量をパスできずに、体重超過の失態をおかす事例が多発しています。
かつてプロボクシングの世界にいた人間のひとりとして、
「何やってんだよ!」
と、心の底からあきれてしまいます。
「水抜き」というやり方は、はっきり言ってまちがっています。
実際に「体重超過」が頻繁(ひんぱん)に起こっているのですから、正しいわけがありません。
仮に「水抜き」で計量をパスできたとしても、1日で何キロも体重を落とした体がベストコンディションであるはずがありません。
そんなコンディションで試合をやること自体、プロとして恥ずべきことです。
そんなの、お金をとって観せるような試合じゃありませんよね。
ボクシングの伝統的調整法は、先人ボクサーの智恵
かつてボクサーがやっていた「7~10日前に絶不調になる」という調整法は、長いボクシングの歴史を通じ、ボクサーたちの経験によって築かれたものです。
とても冴えた調整法です。
「ここぞ!」という日に実力を発揮したい人は、ぜひ参考になさってみてください。
※このエッセイは、本条克明が以前に運営していた『本条克明ライターズブログ』というサイトに掲載した記事を改訂したものです。
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