1 ジムメイト
よく練習するやつだった。
練習に関して、オレはひそかに自信を持っていた。ジムでいちばん練習熱心なのはオレだと思っていた。
でもそれは、こいつがはいってくるまでのことだった。
山木俊矢(やまき としや)――
俊矢の練習ぶりは徹底していた。
ひたむきに自分を追い込むその姿にはオレも脱帽(だつぼう)したよ。こいつにはとても敵(かな)わないって、素直に認めるしかなかったよ。
本当にたいしたやつだよ、俊矢は。
今からおよそ二ヶ月前――
まだ年が明けたばかりの1月初旬、月尾(つきお)ボクシングジムにひとりの若者がはいってきた。
それが、俊矢だった。
月尾会長は、入門手続を済ませたばかりの俊矢を、オレに引き合わせて言った。
「カツオ、おまえに後輩ができたぞ。おまえとおなじプロ志望だ。先輩として何かと面倒を見てやってくれ」
俊矢は礼儀正しく頭をさげ、
「山木俊矢です。よろしくお願いします」
と言った。
潤(うる)みがちな瞳、真ん中から分けられた黒髪――『いかにも真面目(まじめ)そうな好青年』というのが、俊矢の第一印象だった。
年齢は、オレとおなじ17歳だと言う。
オレは、俊矢に微笑みかけながら言った。
「オレは田中勝男(たなか かつお)――遠慮しないで『カツオ』って呼んでよ」たった二ヶ月だけ早く入門したオレが、偉そうに先輩面(せんぱいづら)をしたくはなかった。
それに相手はオレと同い年なんだし、先輩・後輩としてじゃなく、同期の仲間として接するのが正しいと思ったんだ。
でも、俊矢に対して「遠慮するな」と言ってもムダなことだった。
とにかく謙虚で、真面目なやつなんだ。
同い年だと言うのに、オレに対してはいつも敬語を使っている。
そしてオレのことを「カツオさん」と呼んでいる。
俊矢は本当にいいやつだよ。
でも正直、「カツオさん」という呼び方にはとまどいを覚えたよ。
小さいころからみんなに「カツオ」って呼びすてにされてきただけに、ひどく照れくさいものがある。
俊矢は、オレのことを先輩として見ていた。
そしてオレは、そんな俊矢の想いに応えられるように「良き先輩」になろうと決心した。
いつもオレを守り、いつもオレの味方でいてくれた誠一(せいいち)くんのような存在になろう――
そう思ったんだ。
***
誠一くんは、オレの幼なじみだ。
家が近所で、ものごころがつく前からオレたちはいつも一緒だった。
体が小さくて、臆病な性格だったオレは、まわりの子供たちによくからかわれ、ときにはいじめられることもあった。
そんなオレを守ってくれたのが誠一くんだ。
子供のころの誠一くんは、頭が良くて、スポーツもできて、正義感があって、ケンカも強くて、誰もが一目(いちもく)を置く存在だったんだ。
その誠一くんが、いつもオレをかばい、守ってくれた。
本当に、嬉(うれ)しかったよ。
誠一くんとオレは同い年だけど、でもオレにとっては兄のような存在で、いつも慕(した)ってたんだ。
オレがボクシングをはじめたのは、憧(あこが)れだったモハメド・アリのようになりたいって想いが強かったからなんだけど、本当はそれだけじゃなくて、
『いつまでも誠一くんに頼ってばかりじゃダメだ。立派な「男」になって、誠一くんを安心させてあげたい』
という気持ちがあったからなんだ。
誠一くんは、オレがボクシングをはじめたときはすごく驚いていたけど、でも、オレがプロボクサーを目指してがんばっているのを誰よりも喜んでくれている。
本当に、やさしい兄のような人なんだよ、誠一くんは。
***
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