今回は、ボクシング漫画などで必殺技のように描かれている「コークスクリューブロー」というテクニックについて、お話しいたします。
コークスクリューブローという強打法
コークスクリューブローの起源は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したチャールズ・キッド・マッコイという人物です。
ウエルター級の世界タイトルを獲得した技巧派のボクサーで、性格は破天荒(はてんこう)。
体重は、重いときでもせいぜい160ポンド(約72キロ)しかないにもかかわらず、ファイトマネーがいいからという理由でヘビー級やライトヘビー級の選手と試合をするという、無茶苦茶(むちゃくちゃ)な男でした。
そしてキッド・マッコイは、中量級の体でヘビー級と闘うために、独自の強打法をあみだします。
その強打法が、「コークスクリューブロー」と呼ばれているテクニックなんですね。
ページ内目次
コークスクリューブローとは、どんなパンチ?
コークスクリューブローとは、簡単に言うと、
「通常のパンチよりも、ひねりを多く加えて打つパンチ」
のことです。
通常のガードポジションで構えた場合、
拳(こぶし)の向きは、縦になります。
※構えたときの拳は縦。
この状態からストレートパンチを打った場合、通常では、拳の向きが最終的に横になります。
つまり、通常のストレートパンチにおいても、拳を約90度、ひねりながら打っているんですね。
※通常のパンチの打ち終わりは横拳。
コークスクリューブローは、さらにひねりを多く加え、掌(てのひら)の面が外側を向くまで、めいっぱいひねります。
つまり、構えたときの縦拳の状態から、180度のひねりを加えて打つんですね。
※コークスクリューブローは掌の面が外側を向く。
これが、コークスクリューブローです。
正直、通常のストレートパンチとのちがいはわずかです。
しかも、多くひねっていると言っても一瞬のことなので、目の前で見ても、通常のパンチと区別ができる人はほとんどいません。
それこそスロー再生やコマ送りで確認しないかぎり、コークスクリューブローだと気づくことはできません。
もしスロー再生やコマ送りを使わずにコークスクリューブローを見抜くことができたら、パンチを見る目がかなり優れていると言えます。
コークスクリューブローのメリット① ハードパンチになる
コークスクリューブローのメリット(利点)は、パンチが強打になることです。
もともと強打法としてあみだされたのですから、当然ですよね(笑
なぜコークスクリューブローはハードパンチになるのでしょう?
それについて、「ドリル効果」だと思っている人がかなりいます。
ドリルで穴をあけるみたいにひねりながら押し込むことで、拳が的(まと)にめり込んでいく――という考え方ですね。
そのような効果がまったくないとは言い切れませんが、実際は、べつのところに強打の秘密があります。
***
腕をのばす筋肉――まげた肘(ひじ)をのばす筋肉は、上腕三頭筋(じょうわん・さんとうきん)です。
↑ここの筋肉ですね。
まげた肘をのばし、コークスクリューブローを放ったときのように腕をめいっぱいひねってみましょう。
この状態で上腕三頭筋を自分でさわってみましょう。
ふつうに腕をのばしたときよりも硬(かた)くなっていると思います。
そう、腕をのばす筋肉である上腕三頭筋は、腕をシュート回転にひねるときにも使われる筋肉なんですね。
そのため、「腕をのばす」「腕をめいっぱいひねる」を同時におこなうと、上腕三頭筋の力をフルに使うことができます。
つまり、パンチを打ったときに腕の力が最大限にはいり、インパクト(パンチがあたるタイミング)の瞬間に、拳が加速する打撃になる――ということです。
打ち方はわるくないのにパンチがよわい選手がときどきいます。
そのようなケースでは、パンチが当たった瞬間に拳が「当たり負け」を起こし、衝撃が的に伝わっていないことがほとんどです。
そして、拳が当たり負けを起こす原因の多くが、腕(上腕三頭筋)の筋力がよわかったり、力をいれるタイミングがインパクトとずれていることにあります。
コークスクリューブローでは、それとは逆のことが起こります。
腕(上腕三頭筋)の筋力を最大限に使い、インパクトで拳が加速する打ち方になるため、見た目以上のハードパンチになります。
コークスクリューブローを体得すると、腕を筋力アップしたり体重を増やしたりするまでもなく、いまの筋力と体重のまま、強いパンチが打てるようになります。
コークスクリューブローは、上腕三頭筋の潜在的な筋力を最大限にひきだすことができるからです。
コークスクリューブローのメリット② パンチがのびる
もうひとつのメリットは、肩をいれた打ち方になることです。
「肩をいれる」というのは、肩を前方に移動させる腕の使い方のことです。
これは、肩関節の柔軟性と、肩甲骨(けんこうこつ)の可動域の広さが関係しているのですが……。
私の場合は、もともと肩関節が柔軟だったので、ふつうに打ったストレートが「肩をいれたパンチ」になっていました。
※当サイトの管理人・本条克明は元プロボクサーです。
ですが、肩関節がかたいボクサーの場合は、ふつうに打っても肩をいれたパンチにはなりません。
そのような肩関節のかたいボクサーでも、インパクトの瞬間に拳をめいっぱいひねると、肩が前方に動きます。
つまり、コークスクリューブローを打つことによって「肩をいれた打ち方」になるんですね。
肩をいれると、パンチがのびます。
その結果、
- パンチの射程が長くなる
- 当たったときの打ち抜きが深くなる
という効果が得られるんですね。
コークスクリューブローのデメリット
コークスクリューブローは、強打法としてとても優れたアイデアです。
ですが、日本のトレーナーの多くは、コークスクリューブローに対して否定的です。
私が現役だったときも、ジムでコークスクリューブローの練習をしている練習生がいたら、トレーナーがものすごい剣幕(けんまく)で怒っていましたね。
その理由は、コークスクリューブローには大きなデメリット(欠点)があるからです。
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シャドー・ボクシングをやってみればわかる。肩や腕の筋肉がすぐ痛くなるだろう。野球でシュートボールを投げすぎると、肘を痛めるのと同じだ。
試合で数多く出せるパンチではない。
キッドは、それをフィニッシュ・ブローとして使った。
出典:『ボクシングは科学だ』
ジョー小泉:著
ベースボール・マガジン社(1986年)
※3話/〝幻の右〟はコークスクリュー・ブローだった より引用。
※ネット上で読みやすいように改行を2回加えています。
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コークスクリューブローは、自分の肩や肘がこわれるリスクととなり合わせのテクニックです。
そのため、頻繁(ひんぱん)に打つことはできません。
「ここぞ!」というときにしか打てないパンチなんですね。
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もうひとつのデメリットは、体得がむずかしいことです。
ちゃんと体得していない人がコークスクリューブローを打つと、ふつうに打ったときよりも威力のないパンチになります。
パンチを打つ一瞬のあいだに、さらに多くひねろうとすると、肩や腕に力(りき)みが生じるからです。
力んだ状態でパンチを打つと、キレのない押すようなパンチになります。
打撃として威力のでない打ち方です。
ひねることを意識して打っても、力むことなく、キレのある打ち方ができる――
そうなってはじめてコークスクリューブローを体得したと言えます。
もし、体得していないままコークスクリューブローを実戦(試合)で使った場合は……
通常のパンチよりも威力がないうえに、肩や肘を痛めることになります。
これじゃ、トレーナーだって「打つな!」と言いたくなりますよね。
意外なコークスクリューブローの名手は、あのハリウッドスター
余談になりますが――
世界的に有名な映画俳優で、コークスクリューブローをみごとに使いこなしている人がいます。
ハリソン・フォードさんです。
ハリソン・フォードさんが劇中で放っている右のパンチは、ほとんどがコークスクリューブローです。
ハリソン・フォードさんは、世界じゅうに知られている超有名俳優なのですが……。
これ、気づいてる人ってあまりいないんじゃないかなぁ。
いま、これを読んでいるあなた――
世界でも数少ない「気づいてる人」になりましたね(笑
コークスクリューってどういう意味?
さらに余談になりますが――
コークスクリューブローの『コークスクリュー』って、なんだ?
と疑問に思った人もいるかと思います。
英語では『コークスクリュー』を、
corkscrew
と書きます。
見てのとおり、『コルクスクリュー』です。
つまり、
↑これ(コルク抜き)のことです(笑
corkscrew
は『コルクスクリュー』だけでなく『コークスクリュー』というふうに読まれることもあります。
というより、『コークスクリュー』のほうが英語の発音に近いです。
corkscrew blow
を日本語に訳したときに、たまたま『コークスリュー』という読みで訳し、それが普及した結果、「コークスクリューブロー」という名称が一般化したのだと思われます。
コルク抜きは、ひねりを加えることでコルクに刺さっていきます。
あのひねるイメージから、「コークスクリューブロー」という名称がつけられました。
もしかすると、
「日本では『コーク』ではなく『コルク』という言い方のほうが一般的なのだから、『コルクスクリューブロー』と言うほうが正しいのではないか?」
と思った人もいるかもしれませんが……。
でもまあ、いいじゃないですか(笑
『コルクスクリュー』より『コークスクリュー』のほうが、なんとなくことばの響きがかっこいいですからね。
フィニッシュブロー(決め技)なんですから、名称はやっぱりかっこよくないとね。
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更新
2025年6月25日 文章表現を一部改訂。